ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.8 ~上場、そして物語は第2章へ

 
ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.7 ~創業の地への凱旋 からの続き
 

上場に向けて

六本木グランドタワーに移転してからというもの、ますますBASEオフィスに行く機会は減った。セキュリティが万全のため、フラっと立ち寄れないのだ。無防備に近かった新大宗に比べたらG-SQUAREは強固であったが、グランドタワーに比べれば甘い。それに37階はフラっと行けるとこではない笑 とは言え、鶴岡さんとは取締役会の後にたまに家入さん交えてお茶したり、忘れた頃に突然「お茶しましょう!」と誘ってくれたりする。2018年からは本当に順調そうに見えた。あとは上場に向けて最後の調整をしていくだけ、という感じに映った。
 
 

https://binc.jp/ir
 
2019年春にこのグラフ(の原型)が取締役会で公開された。「素晴らしいね」と皆が口をそろえた。当初より少し遅れたが、上場承認は9月20日、上場日は10月25日に設定された。
 
 

上場

9月20日、無事上場承認され、翌月10月25日、晴れて東証マザーズに上場を果たした。当日は信じられないくらいの大雨の中、前日夜に裾上げが完了したスーツを着て、兜町に向かった。ちなみに緊張と興奮で完全に寝不足だった。
 
東証に着くと、見慣れないスーツ姿のみんながいた。神宮司もちゃんこも就活生っぽい。山村さんは先生っぽい。セレモニーの様子は僕もたくさん写真撮ったけど、BASEのオウンドメディアの方をご覧いただきたく。


 

(太河さんも間に合って良かった!)
 
 
 
歳は違うが誕生日が一緒の家入さんと鶴岡さんが小さな一歩を踏み出してから約7年。二人とも22歳で起業し、二人とも29歳で上場した。そんな「できすぎ」な物語の第1章はここで一旦終わる。しかし、第2章はすでに始まっているのだ。鶴岡さんは上場企業としてBASEをさらなる高みに押し上げていくだろうし、家入さんはCAMPFIREで上場を目指す。お互い上場企業の社長として肩を並べる。それが家入さんの夢だ。BASE上場の翌営業日、CAMPFIREは「累計流通額150億円達成」のプレスリリースを出した。家入さんの夢が叶うのも、そう遠くないのかもしれない。


 
(おわり)
 
 
合わせて読んでおこう




 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.8 ~上場、そして物語は第2章へ

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.7 ~創業の地への凱旋


[https://basebook.binc.jp/entry/2019/02/08/110117]
 
ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.6 ~歪みと混沌の闇 からの続き
 

創業の地

2018年は、PAYの子会社化のニュースから始まった。


春にはBASE初のテレビCMもスタート。メンバーが100人を越え、移転話が持ち上がった。いくつかの候補があったが、すんなり決まった。BASEのオフィス移転はすんなり決まることが多い。新オフィスは六本木一丁目の六本木グランドタワー。これまでとは桁違いのオフィスビルだ。
 
 
僕がBASEに携わるようになったのは「六本木ビル」からだが、BASE創業の地は、僕が「部室」と称した六本木ビル301号室ではなく「柳ビル」という六本木一丁目の古いビルだった。その柳ビルに当時EVシェアオフィスはあった。BASEが創業したのはその頃だ。BASEが法人化した半年後、柳ビルは再開発のために取り壊されることになり、EVシェアオフィスはawabar向かいの六本木ビルに移転した。それに伴いBASEも六本木ビルに移動した。そしてあてがわれたスペースが、僕が部室と称した「301号室」である。
 
六本木ビル、新大宗ビル、G-SQUAREと移転を繰り返している間、柳ビルは再開発され、新しい大きなオフィスビルが建った。それが「六本木グランドタワー」。2012年11月、柳ビルにあったEVシェアオフィスの片隅で鶴岡さんと数人のメンバーで始まったBASEは、2018年9月、100名を越える仲間と共に創業の地に新たに建ったキレイなビル「六本木グランドタワー」の37階、300坪のオフィスに舞い戻った。まさに凱旋だ。
 


 

生え抜きの成長と信頼


2018年7月、執行役員制度ができ、神宮司が執行役員に就任した。成長してるのは知ってたし、社内における存在感から執行役員就任に違和感は無かった。けどやっぱり嬉しい。朝出社しなくて、責任と「パン」を与えることで、改善するんじゃないかと試行錯誤した新大宗時代を思い浮かべると、嘘みたいだ。でも、鶴岡さんはずっと神宮司を信じてたし、実力を認めていた。BASE創業から4ヶ月後の鶴岡さんのツイート。


一貫して神宮司を尊敬し、信頼してる。神宮司もそれに応えた。美しいではないか…涙。そしてこちらは最近のツイートだが、


ほんとこの通りで、神宮司(gg)の圧倒的成長によってBASEは救われたし、ここから先のプロダクトも楽しみでしかない。
 
 


経営合宿の様子がツイートされて、何気なく写真を見たらちゃんこがいた。思わず涙ぐんだ。そしてMVP(四半期かな?)を獲得したこともツイートで知った。新卒の頃、Mag.編集長をやってた頃を思い浮かべると感無量過ぎる…涙


「めちゃ頼りなるんですよ。みんなからの信頼も厚いし、チームもすごくまとまってる。ちゃんこ大成長!」と嬉しそうに鶴岡さんが教えてくれたこともある。本当に嬉しい…涙


BASEファミリーの末っ子だったちゃんこも今や立派なお姉さんに成長して嬉しい。
 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.7 ~創業の地への凱旋

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.6 ~歪みと混沌の闇


ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.5 ~ちゃんこと神宮司 からの続き
 

「知ってる人」がすごく少なくなっていった2016年

2015年暮れ、メルカリとの資本提携の話が議題にあがった。両社はともに同じシェアオフィスで創業期を過ごした中。スタートアップ同士の資本提携は前例があまり無く、ワクワクしながら事の成り行きを見守った。2016年の仕事始め、資本提携が正式に発表された。飛躍を感じさせる新年の幕開けだったのだが…。
 
個人的には、2005年後半から2016年は「BASE Mag.」編集部として記事を書いたりもした。一時期は奥さんにも少し手伝ってもらったりもした。そんなわけで、月イチの取締役会以外にも、週イチのMag.定例や記事の入稿などでちょいちょいオフィスには顔は出していた。
 


 
この頃からちょっとずつ会社に異変が生じ始めていた。昔からいる「知ってる人」が会社を辞め始めたのだ。資金調達もしたし、それに伴いガンガン採用してた。春にはBASE採用イベントのモデレーターをやった。新しい人が増え、組織化にも取り組んでいった。だが、新しい人はどんどん入ってくるが、初期メンバーがどんどん辞め、新しく入った人もなかなか定着しない。当然社内ムードも停滞する。
渋谷移転からBASEに入り浸り、メンバーや社内風景をたくさん撮ってきたが、フォルダを見返すと、2016年夏くらいから極端にBASE関連の写真が減った。
 
事業は伸びていたし、10月にはSBIなどから15億円の大型資金調達も実施した。会社としては順調と言える状態にも関わらず、人の入れ替わりが激しく、どんよりした空気感があった。忘年会には毎年参加しているが、この年の忘年会の雰囲気はどこかぎこちなく、一部ギスギスもしていたのが印象深く記憶に残っている。
 
 

混沌の闇、そして光明


人はどんどん増えていて、G-SQUARE2階を新たに借り増した。累計ショップ開設数40万店舗を突破するなど事業的には勢いよく伸びていた7月。この頃が鶴岡さんの精神状態が一番キツかったのではないかと推測する。あくまで個人的な推測であるし、もちろんそういう姿は全然見せてなかったけど、そんな気がしている。2016〜2017年の苦悩はこちらの記事で紹介されているのでぜひ。


ピークがきたらあとは良くなっていくだけとも言える。実際直後に鶴岡さんと話した際に「(雰囲気は)劇的に良くなってきました」と言っていた。年末くらいまでは組織的に不安定な部分も見受けられたが、それでも確かに雰囲気は良くなっていったような気がする。週イチのMTGも無くなり、基本的には月イチの取締役でしかBASEに行く機会は無くなっていたので、正直組織のことはわからない。しかし、たまに会った時の雑談であったり、SNSの空気感から、だいぶ良い方向に進んでいるのは感じていた。
 
何がきっかけで良くなったのか?
鶴岡さんや役員陣からは改善施策を聞いてはいた。わりとオーソドックスなことが効いたりするんだなぁと思った(詳しくは書かないけど)。みんな悩んで、いろんな施策を打っていたが、それ以外にも雰囲気が良くなった理由はあるんじゃないか?ここからはまた僕の想像。
 
・若手の台頭が雰囲気を良くしていった
@chiiichell @_mrkzk_ @ka1kou @yoshiki0_ @AiYoneda 他にもたくさん若手がいるが、彼ら若手メンバーが活躍、台頭することによって、まるで「創業当時のガチャガチャ感」が再び生まれたような気がする。※この記事めちゃ良かった

山村さん、岸本さんなど、ミドルレイヤーが固まったのも大きい
重要なポジションであるミドル層が紆余曲折の上で固まったのも安定した組織構築には不可欠。そのポジションが紆余曲折を経て2017年後半から固まっていったのは大きな意味を持つのではないかと思う。

・生え抜きである神宮司、ちゃんこの大成長
前述の通り、創業以来、飛躍的に成長を続ける神宮司がプロダクトマネージャーとして組織内を縦横無尽に飛び回って活躍していた。また、『BASE Mag.』編集長としての挫折から立ち直ったちゃんこは、カスタマーサポートのリーダーとして活躍していた。やはりプロパーが実力を発揮し、活躍している組織は良い。
 
 
極限まで混沌を極めた組織がついに立ち直り、来年の飛躍を感じさせる2017年の忘年会だった。


 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.6 ~歪みと混沌の闇

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.5 ~ちゃんこと神宮司

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.4 ~賽は投げられた からの続き
 

ちゃんこ編集長

2015年4月、それまでインターンとして働いていたみはるんとちゃんこが新卒入社した。みはるんは器用なタイプでわりとそつなくこなす。ちゃんこはどちらかというと不器用で、でもBASE愛は強かった。
 
G-SQUAREに移転した頃、鶴岡さんがちゃんこに重要な任務を与えた。インターンから新卒入社後もカスタマーサポート業務を担っていたちゃんこだが、立ち上げたばかりのショッピングメディア『BASE Mag.』の編集長のポストに大抜擢されたのだ。この大抜擢に、ちゃんこも最初は張り切ってたけど、徐々に数値目標のプレッシャーが重くのしかかってきてるように見受けられた。


僕もその頃はめちゃめちゃBASEオフィスに通って、あの手この手でちゃんこの目標達成のために手を講じた(じゅんぽから「べるおさん、めっちゃコミットしてる〜」と言われたのも、この頃)。
 
その時の目標はわかりやすく「PV」だったんだけど、月末最終日は皆んなで『BASE Mag.』の記事をシェアしたり、ツイートしたりして、夜23時50分頃に目標達成した。その「PV」が意味があるのか?と問われたら、おそらく意味は薄いだろう。しかし「目標は達成するもの」という癖付けのためにも何とか達成させたかった。最初っから未達成だと「目標はいかなくてもしょうがない」という悪癖がついてしまいそうで怖かったから。
 
何とか目標達成した翌月、さらに上がった目標数値に完全にギブアップ気味のちゃんこ。3日目あたりで「もう今月達成無理です」と言い始めた。温厚で知られる僕ですが、MTGで少し言葉を荒らげてしまった(少しだよ)。そんな時でも鶴岡さんは「もうちょっと頑張ってみようよ、応援するから」と優しく言った。「この人はどこまで忍耐強いんだ…」と思った。結局しばらくしてちゃんこは編集長の任務を降り、再びカスタマーサポートの部門に戻っていった。笑顔がトレードマークのちゃんこだが、この頃は笑顔でいる時間が少なくなっていたように思える。『BASE Mag.』はみはるんと神宮司が引き継いだ。
 

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MTG始まるよー

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神宮司

少し時間の針を戻して、新大宗ビルにやってきた頃、2014年の初夏くらいの話。
 
鶴岡さん「神宮司は?」
内山さん「今日も役所立ち寄りで遅くなるらしいです」
鶴岡さん「そんなに役所行くことってある?笑」
 
そんな会話がなされていたくらい、神宮司はいつも午前中いなかった。「神宮司は社員契約なの?」と鶴岡さんに聞いたところ、「いや、あいつが”バイト契約がいい”って言うから社員じゃないですよ」と答えた。Wantedlyに掲載されている神宮司の言葉を引用してみる。

僕、その当時は全然会社に行ってなかったんですよね。夕方に来て22時くらいに帰る、みたいなことをしていました。当時は変に尖っていて、時給だから給料が減るのも自己責任だし、夜中に自分一人でコード書いてればプロダクトが作れるって思っちゃってたんですよね。

こんな感じなので僕の印象としても最初は正直「こいつダメなやつだなー」と思ってた笑
鶴岡さんの親心からか、何とかちゃんとした大人にさせてあげようと思ったのか、神宮司にとあるプロジェクトを任せ、朝イチで進捗MTGをすることになった。ただ、MTG設定しただけだと来なそうので、朝ごはん(内山さんが美味しそうなパンを買ってきた)を用意して神宮司を何とかMTGに来させようと鶴岡さんは工夫していた。「そこまでするかー笑」とびっくりしたが、鶴岡さんの努力が実ってか、神宮司は徐々に頭角をあらわしていった。
 
再び2015年夏に時間の針を戻す。『BASE Mag.』を引き継いだ神宮司だが、「朝イチのMTG」の頃と比べると、見違えるように成長していた。バイト契約から正社員になり、朝もちゃんと来るようになっていた。鶴岡さんの「神宮司やってよ」という振りに対して、全く文句も言わず、進んでその任務についていった。当時『BASE Mag.』も苦戦してて、言うなれば「火中の栗」みたいな状況。そういうタスクに対しても全力で立ち向かっていった。汚れ役やめんどくさそうなタスクも無茶振りも、鶴岡さんの「神宮司やって」と振られれば、立ち向かっていった。

 

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B社の若手

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(疲労困憊の神宮司とちゃんこ)
 
鶴岡さんと神宮司。二人はBASE創業前のシェアハウス時代からの仲間だ。二人の信頼関係はそんじょそこらのものとは違う。いつしか神宮司は「BASEに絶対欠かせない」存在になっていった。組織上の信頼関係もあるし、何より二人は「インターネットが大好き」という共通点があり、同じ目線でインターネットの楽しさを語れる唯一の存在なのかもしれない。
 
「こいつダメなやつだなー」と最初は思ってた僕ではあるが、ある日、太河さんから「最近BASEどうですかー」と言われた際に「神宮司が凄く良い。もし僕が起業したとして、BASEから一人引き抜いて良いってなったら迷わず神宮司を選ぶ」と答えるくらい、評価は急上昇していた。こんなに頑張れるやつだとは思わなかった。変化してから気づく僕のダメさ…。一方、神宮司の才能を信じて、開花を地道に待ち続けた鶴岡さんの凄さよ…。
 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.5 ~ちゃんこと神宮司

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.4 ~賽は投げられた


(2015年5月末の全体会議の様子。もう人がいっぱい)
 
ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.3 ~金髪監査役 からの続き
 

keketa

2014年暮れ。BASE会議室で鶴岡さん、太河さんと見知らぬ若者がMTGをしてた。誰だろう?と思ってたら、太河さんからその若者が「ケケタ」だと教えてくれた。恐ろしく無口なその若者「ケケタ」はPurecaという開発者向けのオンライン決済サービスを展開する起業家だった。ほどなくして、ケケタ氏とPurecaチームがBASEの一員となることを聞かされた。年が明けた2015年2月、Purecaを踏襲した決済サービス『PAY.JP』の発表を行った。
 
そのあたりの話や、鶴岡さんとケケタ氏の関係性などはこちらの記事をご覧いただきたいと思いますが、少しだけ抜粋。

自分としては独立したまま「提携」をしたかったのですが、鶴岡と話をしていく中で、BASE社としてはネットショップ開設サービスだけでなく、「決済」を軸とした経済インフラを作りたいという想いを持っていて、とても共感しました。
 
鶴岡からは裁量や権限を全て託してくれ、信頼もしてくれたので、一緒にやることにしました。BASEが持っている資産を有効活用しながら「決済」のサービスを伸ばすことができ、裁量をもってサービス・組織を運営できるといった点から、BASEへのジョインを決めました。

 
 

賽は突然投げられた

何とか株主総会も終わり、ひと段落した3月。クラウドワークスが新しいオフィスに移転したということで、鶴岡さんと一緒に訪問した。
 
吉田さん「鶴ちゃん、BASEは上場準備してるの?」
鶴岡さん「いやー、まだまだですかね」
吉田さん「流通は伸びてるんだろ?だったらもう準備した方がいいよ!」
鶴岡さん「そうなんですかね」
吉田さん「いやいやいや、準備始めよう!いま大和に電話するわ!」
 
と言って大和の偉い人にその場で電話を始めた吉田さん。クラウドワークスオフィスからの帰り道、鶴岡さんが「賽が投げられてしまった…」とつぶやいた。
 

(その時に撮った写真)
 
その後、正式に上場に向けての準備がスタートした。吉田さんは非常勤監査役として阿久津さんを紹介してくれたり、いろいろと協力をしてくれた。結果的に、これくらい思い切ってスタートしないと、なかなか一歩目を踏み出せなかったかもしれないな、と思った。
 
上場に向けて管理部構築も急務となった。まずは軸となるCFO探しに取り掛かったが、傍目から見る限り、わりとすんなりと決まった。元フリークアウト原田さんだ。フリークアウトの上場を経験し、管理部の構築、上場準備も経験ある方で、実績スキルともに申し分ない人材を獲得することができた。とある昼下がり、たまたまやってきた太河さんに、同じくたまたまやってきた入社前の原田さんを紹介すると「これで安心ですね!」と喜んでいた。金髪監査役はこのタイミングで退任し、新たに(初代)常勤監査役の方が入られた。
 
 

G-SQUARE

事業も順調に伸びていき、それにともない人員も飛躍的に増えていた。CFO探しをしている頃、新大宗3号館のBASEオフィスは例の監査役席もついに撤去された(もっともその頃は監査役を退任してたのだが)。
 
新しいオフィス探しが始まった。渋谷の空室率が急激に下がってきている頃で、オフィス探しも難航するかな?とも思っていたが、CFO探し同様、わりとあっさりと決まった。新大宗と道玄坂を挟んで向かい側のG-SQUARE。かつて「サイバーエージェントビル」という名前の時もあった築浅のキレイな物件だ。賃料がグンと上がるが、今後本格化していく決済事業をやる上で、セキュリティ面の強化などを考えるとベストな物件かもしれない。「ここに決めました!」という鶴岡さんの一声で物件探しはすぐに終わった。新大宗オフィス最終日はみんなでワイワイとお掃除、お片づけをした。
 

(「新大宗ビル」という看板が入るように写真を撮る神宮司と撮られるふじけんさん
 

(じゃれあうビックボと遠藤さん
 

(備品の片付けに忙しい金城さんと、ルービックキューブをしながらサボるみはるん
 

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BASE新オフィス

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オフィス移転の準備をしている頃、突然鶴岡さんからメッセが届いた。端的に言うと「BASEで働きませんか?」というものだった。夢に見たらしい。
 

 
正直迷ったけど、現状の業務や、新たに湧き上がった「古巣復帰問題」などもあり、この話は立ち消えになった。引き続きできる限りサポートしていくことを改めて誓った初夏だった。
 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.4 ~賽は投げられた

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.3 ~金髪監査役

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.2 ~罫線も数字も無い棒グラフ からの続き
 

金髪監査役とCOO

2014年GW明け、BASEはGlobal Brain(GB)から3億円の資金調達を実施したと発表した。これを受けて、GBから深山さんが取締役に就任し、僕は監査役に就任することとなった。


そして元ペパボの進さんがCOOとしてBASEに参画することになった。その時のTHE BRIDGEの記事で進さんはこのようなコメントを出している。

「まだ調整中ですが鶴岡さんには外向けの活動をやってもらいながら、私は社内向けのことをやることになると思います。スピードを上げるための組織作りやマーケティング、カスタマーサポートなどですかね」

この通りで、プロダクト面や対外的な活動は鶴岡さん、社内体制構築は進さんといった具合に進んでいった。進さんとはペパボ時代に福岡で一度だけお話したことがあっただけであったが、年齢も近いし、長年同じ業界にいた者同士ということで、BASE参画後はちょくちょく雑談をするようになった。
 
とある日の進さんとの雑談の中で、ふと鶴岡さんの話になった。進さんが「外から見てたよりも大物だね」と言ったのを覚えている。まさに僕も同感で、鶴岡さんの近くで働くようになって、彼の優秀さや存在感の大きさをひしひしと感じていた。これは大社長の器だ…と。優秀さで言うと、鶴岡さんは成長力、吸収力に優れているように感じた。最初はわからなかったことが、次に会う時はわかるようになっていて、その次に会う時はさらに知識が深くなっている。存在感で言うと、当時は鶴岡さんがイベントなどでオフィスにいない時、社内がふわふわしてしまっていた。締まりがないというか。メンバーみんなが鶴岡さんを見ていた感じ。
 
 

田中さん

家入さんは「スタートアップにとって広報は重要であり、できることなら初期から入れた方が良い」と常々言っている。その教えを守ってか、鶴岡さんも渋谷移転前後くらいから広報担当者を探していた。そんな中、SUDAXさんからのパスで田中さんという方が広報として入社することになった。
 
田中さんは前職では堅いジャンルの大人スタートアップで広報をしてたので、入社直後はBASEのカオスな雰囲気に少し戸惑っているように見受けられた。馴染めるかな…とちょっとだけ心配な部分もあった。話してみると、とても真面目なんだけど、掘り下げていけば「面白キャラ」になるんじゃないかと。みんなも「田中さんって大人だけど面白い人なんだ」とわかれば自然と近寄ってくれるんじゃないかと思って、積極的に田中さんをイジっていくことにした(内山さんに対してもそうだけど、真面目そうな人に対してかまわずイジっていき、面白い感じにしていくのはわりと得意だと自負している)。イジった効果かどうかはわからないが、こちらが心配するまでもなく、すぐに田中さんとBASEのみんなは馴染んでいった。
 

(社内でかき氷を作る田中さんと内山さん)
 
スタートアップメディアとの向き合い方などに少し悩んでいて、相談を受けたりもしたが、田中さんのおかげでメディア掲載も増えたし、これまでアプローチできなかった媒体などでもBASEが取り上げられるようになった。
 
 

窓際の監査役席

3月の段階ではワンフロア使うほどではなかったために、一部をEVがシェアオフィスとして使用していたが、夏頃にはいっぱいになったために、同じ新大宗ビル3号館の7階にEVシェアオフィスは移動し、5階は正真正銘BASE独立オフィスとなった。CTOとしてえふしんさんが正式に加入したのもこの頃。
 
BASEオフィスの端っこの窓と棚の間の隙間をコッソリと占拠し、そこを「監査役席」として使うようになった。夏秋は快適だが、季節が冬にさしかかるに連れて、寒さがヤバくなっていき、窓や壁にダンボールで何重にも壁を作って、何とか寒さをしのいだ。


(「べるお小部屋」とはHive Shibuyaにある、僕が常駐している部屋のこと。かつてのBASE社の会議室)
 
「物置の裏の隙間」みたいな場所だったが、意外と落ち着く場所であり、僕がいない時にはビックボがこっそりと使用したりしてた。また、オフィスオアシスの置き場付近でもあったので、定期的にメンバーがやってくるので、おしゃべりしたりして交流を深めるのにも役立った。メンバー息抜きの場としても機能したかもしれない。
 

(「監査役席」に遊びにきた鶴岡さんとちゃんこ
 
秋にはついにショップ開設10万店舗を越え、12月には主催イベント『ネットショップフェスタ』を開催するなど、打ち手のスピードと規模感が上がってきた。ネットショップフェスタには僕も受付スタッフ(誘導係)として参加しました。監査役席もでき、BASEオフィスにいる時間も増え、「BASEの人」感が増してきたのがこの頃。今でも「大柴さんはBASEの役員やられてるんですよね?」と言われることもある。
 

(こっそり「監査役席」で作業するビックボ)
 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.3 ~金髪監査役

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.2 ~罫線も数字も無い棒グラフ


ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.1 ~家入さん達がまた何か始めた からの続き
 

罫線も数字も無い棒グラフ

退職エントリー」の反響が予想以上に大きく、多くの方にお声がけいただいた。年明けの有休消化中に多くの方々とお話させていただき、結論として松山太河さん率いるEast Venturesで働かせてもらうことに決めた
 
正式加入発表の直前にEVオフィスを訪問した際、太河さんが「このあとBASE役員会なんですけど、同席されますか?」と声をかけてくれたので、参加することにした。どこで開催されるのかな?と思ったら、ミッドタウンのカフェに連れていかれた。「カフェでやるんだ」と少し驚いた。
 
カフェのソファ席には鶴岡さん、家入さん、そして家入さんの秘書の内山さんが座っていた。「内山さんは家入さんの秘書をやっていて、最近はEVとBASEのバックオフィスも手伝ってもらってるんです。内山さんが家入さんの秘書になられて、家入さんと連絡取りやすくなりました。ハッハッハッ」と内山さんを僕に紹介した。
 
続いて太河さんは家入さんに僕を紹介した。一応面識があるので(家入さんが覚えてるかは微妙だが)、「ご無沙汰してます」と言うと、家入さんは「え、サムライ辞めたんだー」と。その程度の会話だったが、ちゃんと会話したのは9年ぶりかもしれない。
 
 
何はともあれ役員会が始まり、配られた資料を見ると、棒グラフが描いてあったが、罫線もなければ数字もなかった。「伸びてます!」という鶴岡さんの元気良い発表を皆が「おー」って聞いていた。とても牧歌的で印象深い光景として今でも記憶に残っている。ちなみに「罫線も数字も無い棒グラフ」はこの後数ヶ月しばらく続く。
 
 

太河さん「BASEをちょっと見てあげてもらえますか?」

2014年3月3日、EV六本木オフィスに「初出社」した。EVスタッフが使っている六本木ビル303号室に入ると、内山さんから大量の名刺を渡された。「これ配りきるのに数年かかるぞ…」という量だった(数ヶ月で配りきった)。そこに内山さんに用があった鶴岡さんが入ってきたので、名刺を渡した。


その後、太河さんと「これからどうするか」を少し話したが、太河さんから「とりあえずBASEをちょっと見てあげてもらえますか?」と依頼された。その旨を鶴岡さんに言うと「ぜひぜひお願いします!この後ちょうどマーケチームの定例あるのでお願いします!」となり、MTGに参加することとなった。
 
MTGはBASEのいる301号室にあるちょっとしたMTGスペースでおこなわれた。301号室のBASEエリアを改めて見てみると、2つの机に3人座って作業してるし、いろんなものが散乱してるし、相変わらずなかなかの部室感だった。MTGスペースの机の下の床はボコボコしてて、小さな机に大きな鶴岡さんとビックボ、そして金城さんと僕が向かいあった。
 
ショップオーナーさんの獲得はクチコミが多いとのことだったが、他チャネルからの獲得もした方がいいのではないかと思い、広告代理店やASPにヒアリングに行ったりした。さらにSEO用のランディングページを作成して、自分のサーバ上で運用したりもした。VCの人としてどうやって貢献したらいいのかまだわからず、手探りで、まずは自分のできることを全力でやってみることにした。
 
 

新大宗ビル3号館

BASEとの初MTGの数日後、「部室の住人」達は渋谷へ旅立っていった。六本木のEVシェアオフィスを卒業し、渋谷道玄坂に独立オフィスを構えた。新大宗ビル3号館の5階。現在はEVとSkyland Venturesが共同で運営するシェアオフィス『Hive Shibuya』になっている、この80坪ほどのスペースが新たな「部室」となった。もっとも移転当時は広すぎたために、一部をEVが借りて、そこを『EV渋谷オフィス』として投資先に貸し出した。トランスリミットdelyBitStar(当時はBizcast)などが入居した。
 
渋谷に来てもBASEのみんなは騒がしかった笑。部室が大きくなっただけだった。BGMの音量は大きいし、ビックボは金城さんに絡むし、いつも何か食べてるし…。「こんなに騒がしい会社は見たことないよ」と周囲に話してた記憶がある。
 
「まだシェアオフィス部分もあるんだから、もうちょっと静かにして欲しいなぁ」と思ったりもしたことあったけど、今思うとあれくらい賑やかな方が部屋全体に活気が出て良かったのかなとも思う。それに「自分たちも早くシェアオフィス出て、BASEみたいになるぞ」って気合いも入るかもしれない。切磋琢磨感が無いシェアオフィスはやはりダメだと思うし。

こっちは開発がなかなか進まず、リリース予定の4月も過ぎて…。結構つらい時期でした。それにBASEさんとの空気の差がすごくて(笑)。BASEさんはもうすでにプロダクトもあって、それが伸びてて、人も増えて…。delyとの差を痛感してました。(略)それでとにかく独立オフィスに行きたくて、サービスリリース後の8月に桜丘(渋谷)のオフィスに移転しました。

前にdely大竹さんにインタビューした時に、こう言っていたが、こういう気概がスタートアップには必要だ。delyは今や誰もが知るスタートアップに成長した。BitStarの渡邉さんも「BASEの存在が刺激になった」と前に言っていた。BitStarも大型資金調達などをして、成長中だ。
 
 

 
そんなわけで、週に一度のマーケMTGに参加するだけでなく、ちょくちょく渋谷オフィスに立ち寄るようになり、BASEの人たちと交流を深めていった。4月の僕の誕生日にはBASEの皆さんからお祝いをしてもらったりもした。
 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.2 ~罫線も数字も無い棒グラフ

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.1 ~家入さん達がまた何か始めた


2019年10月25日、BASEが東証マザーズに上場しました。鶴岡さん、BASEのメンバーの皆さん、関係者の皆さん、おめでとうございます。
 
East Venturesを代表して上場セレモニーにも参加させていただき、とても幸せで、貴重な体験をさせていただきました。その後の謝恩会は、まるで同窓会のようで、暖かな雰囲気で、鶴岡さんの人柄をあらわしたような宴でした。
 
鶴岡さんが家入さんに出会い、そして太河さんと出会って始まった奇跡の物語を、長きにわたって近くで見ることができたのはとても幸運でした。「奇跡の物語」が今後どのような発展を見せるのか今からとても楽しみでなりません。
 
 
東証からの帰り道、THE BRIDGEに鶴岡さんのメッセージが掲載された。BASEの近くですごした5年半の思い出が、記事とともに蘇り、電車の中で涙ぐんだ。
 
「上場したら、これまでのBASEをまとめて記事にしよう」と前から思っていたものの、どうやっても鶴岡さん本人のメッセージには勝てないし、BASEを創業前からずっと追い続けていたTHE BRIDGEの平野さんにも勝てない。何を書いても蛇足のような気がする。それでもやはり何かを書こうと思い、キーを叩いている。当事者でも部外者でもなく、ただ近くから見ていた僕だから書けることってあるかなって。どこかの媒体や、『調べるお』などのブログで書こうとも思ったが、あえて個人的なものとして書こうと思う。「ピッチサイドから見たBASEの5年半」を。
 



 

家入さん達がまた何か始めた

僕が個人サイト作り、インターネットの楽しさにのめり込んでいた頃、『ロリポップ!』は憧れだった。僕のようなジオシティーズユーザーとは違い、ロリポップ!で作られたサイトはどれもオシャレだった。いつかは僕もロリポップ!でサイトを作りたいな。そう思いながら、日々ジオシティーズにログインして、サイトを更新していた。
 
時は少しだけ流れ、僕は友達に誘われてインターネットサービスの会社の初期メンバーとなった。僕らのサービスは基本的に無料のWebツールであり、しいて言えばジオシティーズ的なサービスだった。それはそれで誇りに思っていたが、心のどこかで『ロリポップ!』への憧れは残っていた。その頃の僕の個人サイトは、ジオシティーズを卒業して『ロリポップ!』上で動いていた。
 
『ロリポップ!』を運営しているペパボも当然憧れの目で見ていたし、それらを生み出した家入さんに対しては「スターを見るような」目で見ていた。
 
「スター」家入さんはペパボを上場させた後、社長を退任し、そしてペパボを離れていった。カフェをやったり、投資をしたり、シェアハウスを作ったり、サービスを作ったり。自由かつ奔放に活動している様子を南平台のオフィスからセルリアン越しにウォッチしていた。家入さんには注目せざるをえない魅力がある。
 
そんな家入さんが数々の炎上を経て、一つのサービスを世に出してきた。


これは良いサービスだな、という感想を当時持った。社内(当時)でも話題になった。「30秒でできる」ECサービス『BASE』は瞬間に広まり、初日だけで1,000ショップも開設されたらしい。


ただ当時は「家入さん達が作ったサービス」という認識であり、当時の僕のツイートもわりとふざけてる。


BASEだけでなく『STORES.jp』も同じように話題になっており、「簡単ECサイト(当時界隈では”スマートEC”などと呼ばれていた気もする)」領域は一大注目領域となった。僕らも自社で類似サービスを早速開発し、BASEリリースから3ヶ月後にリリースした(BASEというかGumroadライクなものになったが)。自社でリリースして見ると、この領域は実は様々な課題もあり、運営を続けていくには忍耐が必要な領域だなぁという感覚を持った(自社の類似サービスは早々に撤退した)。
 
 

部室のような雑然としたオフィス

少し時は流れて2013年夏の話。ブログ経由で知り合った原口さんとランチをした際、原口さんの会社が入居するEast Venturesのシェアオフィスを訪問させてもらった。当時のEVシェアオフィス(六本木ビル)は301〜304までの4部屋あり、Groodは303号室に入居しており、この部屋はEVスタッフも使っているとのことだった。303号室を訪問した際、ちょうどEVの鳥居さんがいたような気がする(鳥居さんはBASE初期のバックオフィス的業務を巻き取っていたそうで、法人化から初期のファイナンスなどの事務作業は全てお任せしていた、と後に鶴岡さんが語っていた)。

304号室はメルカリが一部屋を独占して使っており、面識のあった山田進太郎さんに挨拶しようと思って304の扉を開けたはいいが、部屋の中はピーンと張り詰めた空気で、誰も一言も発せずに黙々とモニタに向かっていた。あまりの緊張感に挨拶もせずにそっと扉を閉めた。
 
一方301号室にはBASEが入居していて、部屋の半分くらいを使っていた。BASEで唯一面識のあったビックボに廊下から軽く挨拶し、部屋に入った。原口さんが鶴岡さんを紹介してくれて、少しだけ挨拶をした。これが鶴岡さんとの初対面である。301号室はメルカリの304号室と真逆の雰囲気で、雑然としてガチャガチャとして、まるで部室のようだった。
 
 
部室の住人達はその2ヶ月後、2億円の資金調達をおこなった。最近は二桁億円調達も珍しくないけど、あの頃は2億円ってのはめちゃ大きくて、ビックリしたのを覚えてる。しかもTwitterきっかけとは、さすが笑


 
この年の暮れ、朝早く起きて、Morning Pitchに行った際に、初めて鶴岡さんのピッチを聞いた。ゆるふわな話し方(今も変わらない)だが、話してる内容は良かったし、質問に対しての回答も完璧だった。
 
 
僕はというと、10年に渡って心血を注いできた会社を辞めることを決めた

創業期から携わってきた「自分の会社」であるサムライファクトリーを去る決断をするのは簡単なことではなかったです。何度も考えがいったりきたりしましたが、決めました。今は新たな世界が広がることにワクワクしています。まだ何も決まっていませんがw

この時点では本当に何も進路は決まってなかったけど、何か新しい世界を見てみたい気持ちでいっぱいだった。部室のようなオフィスで頑張る若者達の姿に刺激されたのかもしれない。
 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.1 ~家入さん達がまた何か始めた