ゲストを誰にするか悩んでる木下さんに「それなら金井さんでしょ」と言った話 #sday

「第二回目は女性の起業家を呼びたい」と言って何人かの名前を挙げていた木下さん。それを聞いてて「いやいや、それなら金井さんしかいないでしょ」と推した結果、無事にsday第二回のゲストは金井さんになりました(僕の記憶では)。

そんなわけで、次回、7月15日のSTARTUP DAYゲストは「キャリア相談」事業を展開するポジウィル金井さんです。めちゃめちゃ楽しみですね。金井さん、最近もさらにノリノリですからね。

 

STARTUP DAYは「大きな会社、事業をみんなに作ってもらいたいので、そのために有益な情報を発信するイベントにしたい」的なことを木下さんは語っていたのですが、大きな会社、事業を作ろうと思ったきっかけ、若くしてその礎を築いた秘訣みたいなのを第一回のTANP斎藤さんの会では伺った感じになっています。

そして第二回の金井さん会では「大きな会社を作るにはそれなりに人員が必要。そのためには良い人材を巻き込んで引き入れるないといけない。その辺の秘訣や失敗談などを聞きたい」って感じかなと(木下さんの考えを)推測しています。

そして、創業事業から何度かのピボットを経て、現在の主力事業である「キャリア相談」という領域を見つけ、市場を創っていったプロセスなども聞けたらなと思っております。ちなみに聞くのは木下さんですけど。

 
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さて、冒頭で「金井さんしかいないでしょ」と僕が推した大きな理由は、単純に、金井さん(ポジウィル)がスカイランド投資先だからです。せっかく投資先でイベント趣旨にマッチした会社があるならばそこを推すべきだろうと。でも、それだけが理由ではない。個人的に「金井さん、この1、2年でめちゃ成長したな」と思っていて、その理由を知りたかった、というのも大きい。

僕はHive Shibuyaの「小部屋」ってとこにいるんですが(詳細は割愛)、木下さん(スカイランズ)が呼んだ数多くの起業家を小部屋の窓から長年に渡って見てきました。時には小部屋に乱入してきて、そこでMTGを始めたりするのも横目で見ていました。

2018年の春か初夏くらいにHive Shibuyaに金井さんは出入りするようになったのだが、金井さんのコミュニケーション力の高さに圧倒され(半ば引いてた)、僕は「この人とは距離を置こう」と心に決めたのでした(同時期にArii新井くんも木下さんがどこかから連れてきて、彼に対しても同様に「距離を置く」ことに決めた。圧が強すぎた)笑。しかしながら、木下さんは小部屋にどんどん侵入し、小部屋のソファで金井さんとMTGをしたりしていた。もうカオスすぎて辛かったです涙。

※ちなみにOGPの画像は小部屋で謎の講習会が開催された時の模様(木下さんツイートより)。なぜ小部屋を使うのか。
 
 
そんな感じで月日は流れていったが、いつ頃だろう、2019年の夏くらいから、Twitterなどの発言から「あれ、なんか金井さん、すごい経営者として成長してるのでは?」と感じるようになった(上から目線でごめんなさい)。成長を感じると同時にめちゃくちゃ苦悩してるのも感じたので、その頃DMして、初めてちゃんと話してみた。ソラスタのシェアオフィス。

その後はTwitterをぼんやり眺めて進捗を知る程度であったが、明らかに成長しててすごいなと影ながら尊敬していています。何度かの失敗とそれを乗り越えた力。元々持っていた巻き込み力、そして人間的な深さみたいのが出てきたのではないかと思ってる。初期の頃の「イェーイ!」感は影を潜め、真の経営者に脱皮してきたのは間違いない。

 
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もう一つ聞いてみたいなと思うのは、金井さんはスタートアップコミュニティに元々いたわけではないと思うけど、そこからどうして起業し、そして資金調達をしていったのか。その辺も知りたい。いろんなとこで「スタートアップコミュニティにいないから不利」とか「コミュニティにいないと情報が入ってこない」とか言われたりするのだが、金井さんはどうだったのかな?とか。

金井さんと1対1で話したのは、前述のソラスタくらいなので、実は知らない部分が多い。ここまでつらつらと書いた「評価」もSNSやnoteを眺めた上での感想にすぎない。今回のイベントでどこまで踏み込んだ話が聞けるかは未知数ではある(時間的制約もあるし)が、きっと今まで知らなかった秘話が聞けるんじゃないかと期待してる。楽しみ。

 
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はい、そんなわけで、当時は木下さん的「2018年の一番良い投資の一つ」と言っていたポジウィル金井さんがゲストのSTARTUP DAYは7月15日です。みなさんもお時間作って参加してみてください!


 
 

2021/06/30 

ゲストを誰にするか悩んでる木下さんに「それなら金井さんでしょ」と言った話 #sday

「ここ3年くらいで一番調子良い」スカイランド木下さんのイベントが爆誕した話

昨年からのコロナ禍でスタートアップ業界含む全ての業界でリアルイベントが消滅してしまった。しかし、オンラインでの業務が一般化するにつれて、イベントもオンラインで開催されるようになった。リアルに比べてオンラインでのイベントは準備やコストが小さく済むし、普段はあまり登壇してくれなそうな大物起業家などもサクッと登壇してくれるようになったメリットがある。

カンファレンス系の大きなイベントもオンラインで再開されるようになったが、それとは別にVCや企業が主催するオンラインイベントも数多く開催されている。最近では毎日のように誰かがイベントを開催しているような錯覚にもおちいるくらい多い。

さて、数多あるスタートアップ系イベントの中で、特に好きなのはスカイランド木下さんが思いつきで開催されるイベントである。過去に木下さんのイベントに何度か登壇やモデレーターをしたことがある。その都度酷い扱いをされるのでその時はイライラするけど、結果的には満足したりもする。


 
 
実はこの業界内では木下さんのイベントを期待している人がたくさんいるのです。下記は一年前くらい僕がツイートしたものだが、newn綾太郎さんやメルカリ進太郎さんも木下イベントファンなのである。彼ら以外にも「木下さん、最近イベントやらないね?」「木下さん、もっとイベントやったらいいのに」と言ってる人は多い。


 
僕も木下さんと話すたびに「イベントやらないの?」と言い続けていました。まるで木下さんが「起業しろ」を言い続けるかのごとく。それでも全然やらなくて…。特に去年は木下さんの体調も悪かったのも重なって、イベントの雰囲気すら感じられなくなってしまった。「イベントと言えばスカイランド」という界隈のイメージも今は昔。なんだか寂しい気持ちでいました。きっとみんなもそう思ってたに違いない。
 
しかし今年になって(特に春になって)突然木下さんがアクティブになったのです。彼のTwitterを見てる人は気づいていると思うけど、3,4月くらいから発信量も増え、行動量も比例して上がってきました。投資件数も比例して上がってるようです。


 
これは千載一遇のチャンスだ!とばかりに「木下さん、イベントやったら?」と言ってたらついに新イベントが爆誕したのでした。その名も「STARTUP DAY #sday」。流れ的に僕もこのイベントをサポートすることになりました。


 
軽い気持ちで「お手伝いしますよー」と言ってはいたものの、なんだかんだけっこう関わることに。「運営アドバイザー」と言うことだったけど、全体MTG、木下さんとのMTG、ゲストとのMTG、スタッフとのMTGなどなどのMTGやタイトル案出しや企画面でのブレスト、さらには第三回ではモデレーターもやることになりそうです…この辺の巻き込み力はさすがですね。


 
そんなわけで先日記念すべき #sday 1回目が開催されました。ゲストはギフトEC『TANP』を運営するGraciaの斎藤さん。お噂はかねがね聞いておったのですが、直接お話を聞く機会はなかったので、僕自身楽しみにしていました。お話を伺って、長期間に渡って事業、会社にコミットする力を持った素晴らしい起業家だなぁと感じました。やっぱり個人的には長く経営、事業にコミットする起業家が好きです。(当日のイベントの内容は下記ブログで書き起こされています)


 
 
斎藤さんは短期的ではなく、長期的にモノゴトに取り組む姿勢が素晴らしいなと思いましたが、木下さんにも長期的取り組みとしてイベント運営をしていってもらいたいなと思っています。スタートアップシーンにおいて木下さん(スカイランド)の存在って大きいと思ってるんです。「起業」というものが人生の選択肢の一つとして多くの人に認知させることができたのは、木下さんの活動、啓蒙の成果かなと。なので、これからも続けて欲しいなと思っています。
 
(次回は29日か30日に更新予定。「sdayの第二回にポジウィル金井さんを選んだ理由」です。お楽しみに!)
 

2021/06/28 

「ここ3年くらいで一番調子良い」スカイランド木下さんのイベントが爆誕した話

事業も人生も悩んでた起業家の話

2018年10月。bosyuをしたら結構な数のご連絡をもらい、気をよくして2週間後に再度bosyuかけたら13人しか集まらなかった。その13人の中に平さんがいた。bosyuのメッセージには「事業も、人生も悩んでいるので一度お話ししてみたいです」と書いてあった。
 

 
「『make my room by Little Rooms』(当時はand home)というインスタメディアを運営していて、フォロワーも増えているが、このまま続けてもいいのでしょうか?」というような話をされた。
 
フォロワーが増えているということは、その世界観に共感している人が日に日に増えているということで、それはサービスをやる上で何よりも大切なこと。「何も問題ないよ。素晴らしいので、このまま続けた方がいいよ」といったことを言った。
 
この1時間くらいのMTGの中で平さんはなぜこのサービスをやっているのか、なぜ会社を辞めてまでこだわりのサービスをやっているのかなどを熱く語っていたのを覚えている。自分がやっていることへの自信と、自信の無さが両極端に同居していた。
 
サービスを続けていくには資金が必要だと思うので「もし希望があれば出資させてもらいたい」という旨のことを話したが、資金調達を受ける覚悟、自信が無いということなので、無理に押さずに応援することにした。彼女自信が納得いくフェーズになるまで待つことにした。
 
その日の夜、そういえば元同僚がFacebookで「趣味でやってるインテリアのインスタ垢がインスタメディアで紹介されました〜」と喜んで投稿していたのを思い出し、改めて見てみた。そのインスタメディアは『make my room』だった。

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その後、一度だけインスタライブの感想をDMしたことはあったが、それ以外は連絡せず、見守っていた。そしてbosyuから7ヶ月後、今度は平さんから連絡があった。新規に開設したEC(現在の『Little Rooms』)の初動がめちゃくちゃ良くて、その報告だった。「少し自信がついて明るい気持ちでやっています笑」と書いてあったので、良かったなと思った。ただ、まだ資金調達の話は出てこなかったので、もうしばらく待つことにした。
 
そしてまた月日が流れ、EC開始の報告から5ヶ月後の2019年11月、ついに「資金調達の相談」の連絡がきた。最初のbosyuからちょうど一年経っていた。もろもろの調整などあり、年を越してしまったが、2020年1月に無事にシードラウンドを終えることができた。EVと僕が信頼しているヤナティさんとで出資させてもらった。ヤナティさんも「磨けば光る原石だね」とおっしゃってくださった。
 
調達後はコロナの影響で思うように事業が進まなかったり、組織作りでつまずいたりもしたけど、概ね順調に事業を伸ばしてきている。そして今回の調達。新たな資金と新たな株主を迎えてより一層のスピードアップをしていくはず。



 
***

僕は平さんのことを「狂気系起業家」と呼んだりしてる。狂気の無い起業家はいないが、サービスに対して狂気的に向き合ってるのが平さんの特徴。余計なことにはわき目も振らず、ひたすらに事業を創ってる。その姿勢を賞賛の意味を込めて「狂気」と呼んでいる。この姿勢は最初にHive小部屋で会ったときから一貫している。そこが一番素晴らしいなと思っている。
 
よくイベントなどで「どういう起業家に出資したいですか?」と聞かれるが「わき目も振らず、事業のことに狂気的に向き合ってる起業家が好きです」と答えるようにしている。
 
 
 

2021/05/18 

事業も人生も悩んでた起業家の話

「FinTの蕭何」が欲しい

スタートアップ界隈では三国志好きな人が多い印象があります。横山光輝の『三国志』は僕も中学時代に全巻揃え、それ以降、漫画、ゲーム、書籍などなど、数多の三国志関連商品に親しんできました。このGWもPS2版の『三国志9』をやっていました(通算何回統一してるのだろうか…)。
 
三国志と言えば前述の横山光輝の漫画が有名ですが、起業家の中では『蒼天航路』の方が人気があるっぽい。横山三国志は主人公が劉備で、蒼天航路は曹操。やはり起業家的には曹操の方が共感わきやすいのかもしれませんね。僕は横山派ですが。
 
横山光輝の中国史漫画はだいたい読みましたが、『項羽と劉邦』も好きで全巻持っていました。『項羽と劉邦』は『キングダム』でおなじみの始皇帝死後の秦の腐敗と項羽、劉邦による戦いを描いた漫画です。
 
『三国志』に比べて『項羽と劉邦』の方がビジネス的示唆が多い気がしているので、多くの人に読んで欲しいなと思うのですが、好きなエピソードを一つあげると、漢中争奪戦の話。
 
別ルートで項羽軍と劉邦軍が漢中を目指したわけですが、軍事力的には項羽軍が圧倒的だったのにも関わらず劉邦軍が先に漢中にたどり着いた。項羽は行く先々で敵を殲滅させ、残虐な行為をしたために道中が進むにつれて敵の抵抗がどんどん激しくなり、行軍スピードが落ちた。一方劉邦軍は道中の敵軍と無駄に戦うことなく、平和的解決をしながら進んだ結果、行けば行くほど敵の抵抗が弱わり、スムーズに漢中にたどり着いたという話。これは個人的にめちゃくちゃ刺さっていて、人生の教訓にしています。この世界、無駄に敵を作り、無駄な戦いで消耗している人が多い…。
 
そんなこんなで(めちゃくちゃ端折りましたが)結局最終的に劉邦が項羽軍を垓下の戦いで滅ぼして天下統一し、漢を建国。以後、漢は400年続きます(王莽による中断あるけど)。
 
で、ようやく本題なのですが、漢統一の論功行賞で一番評価を受けたのは垓下の立役者韓信でも「王佐の才」張良でもなく、蕭何が選ばれた。ここに劉邦の凄さがあるなと。
 
軍事力では項羽軍が圧倒的だったにも関わらず、大事なところで勝ちきれなかった原因は、先にも述べた残虐性もあるが、それ以上に兵站の枯渇があった。あと一歩のところで兵糧が尽きて撤退せざるをえなくなったりした項羽軍に対して、劉邦軍は蕭何が常に兵糧と兵隊を前線に滞りなく補充し続けた。これが勝利の決定的要因になったと劉邦は判断し、蕭何を戦功第一とした。このエピソードを読んだ時、甚く関心したものです。
 
インターネット企業における「兵站」とは端的に言うと「人」と「お金」です。優れた人員を採用し、経営陣や現場に滞りなく届け、彼ら彼女らに給与を払い続ける必要があります。それが滞れば、どんなに良いサービスをやっていようが続けられません。急成長中のFinTではこれからもっと「人」が必要になってきます。優れた人をどんどん集めていかないといけない。HR部門を強化していかないといけない。これが目下の課題。「FinTの蕭何」が必要なんです。これを言いたいために1,300文字近くも費やしました。HRチーム全員で「FinTの蕭何」を目指していって欲しいし、そのためにはまずHRチームを強化しないといけない。
 


 
FinTがどういう会社なのかはFinT公式マガジンをご覧ください。GW中に記事がいっぱい更新されてました。FinTで働く人たちのことがわかるはずです。さらに14日まで「夜面談」って企画もやってるみたいです。
 

 
大将軍、丞相クラスの人材も求めてるので、そちらもぜひ来て欲しいです。
 
 

2021/05/06 

「FinTの蕭何」が欲しい

45


 
「生まれた日は天気だった。お兄ちゃんの誕生日はいつも晴れている」
 
子供の頃に母親からそう聞かされていたが、さっき調べたら、僕が生まれた1976年は曇り。雨も3mm降っていたようだ。確かにそのあと8年連続でこの日は晴れている。しかし、生まれた日は快晴ではないっぽい。そもそも僕は雨男なので、快晴に生まれたってのはしっくりこない。小雨が降っていた日に生まれた方が合っている。
 
小雨が降った1976年4月23日に生まれた僕が、先日45歳の誕生日を迎えた。雲ひとつない全くの快晴。これまでの「雨男」を返上するかもしれないと思わせるような快晴。富士山も綺麗に見えた。
 
投資先のワカツキ君の陣中見舞いに、前日から甲府に来ていた。誕生日当日も昼過ぎまでワカツキ君たちとMTGしたりして、その後、帰京した。山梨は父親の故郷(北杜市)ということもあり、なんとなく親近感のある場所。北杜市はともかく、甲府くらいならサクっといつでもいけるな、と思った。宿泊する必要はないのかも。
 
 
VCに転職して丸7年も経ってしまった。毎日実力不足を痛感して辛い気持ちにもなる。実力不足を補うべく、日々アップデートをしてはいるんだけど、それでも追いつかない。ノーバリューの日々を重ねて悩んでいたが、最近は少しだけその悩みは解消してきたような気がする。
 
実力がついてきたとかそういうわけではないのだが、みんなと同じ軸で張り合うのではなく、僕ならではの価値にフォーカスして、そこを考えぬくようにしたことにより、雲の中から光が見えてきたように感じる。気のせいかもしれないけど、誕生日の日の甲府の朝の空のようになるんじゃないかなと自分自身に期待してる。
 
何にしてもまずは体が資本。健康じゃなければ始まらない。去年は病気再発したけど、普通の状態に戻して頑張っていきたい。まずは痩せたい!!!
 
 

2021/04/25 

45

地方のスタートアップイベントに何度か参加したのでメモっとく


 
「地方でスタートアップが盛り上がる条件とは?」みたいなタイトルにしたかったけど、キャラじゃないのでやめました。
 
先日、鹿児島のピッチイベントにお呼ばれして行ってきました。去年12月に初鹿児島だったんですが、それから3ヶ月しか経ってないけど呼んでいただけてありがたい限り。直前でトラブルあって少しバタバタしたけど、総じて良いイベントだったような気がする。また、鹿児島の前後に福岡にも立ち寄り、現地のスタートアップ施設であるfgnで何人かの起業家等とお話できたので有意義だった。
 
今年に入って福岡2回、鹿児島1回、去年は福岡1回、鹿児島1回、浜松1回、一昨年は浜松1回、福岡1回、その前にも名古屋、福岡などスタートアップ関連イベントでお邪魔させていただいた。本当はもっと積極的に各地にでかけたいのだが、コロナの状況ではなかなか難しい。それでも何度か地方のイベントに参加する機会を得て、地方の可能性を感じたわけだが、ちょっと僕の地方スタートアップに対する考えを書いておこうかなと思った。
 
(文中に「地方」という単語を使っているが、本来は使いたくないなと思ってる。自分のいるところが「中央」でその他が「地方」なので。ただ便宜上「地方」という言葉を用いて書いているので、ご了承のほど)
 
 
 

「起業」という選択肢が加わればいい

ピッチイベントやStartup Weekend(SW)に参加しているからと言って、闇雲に「起業」をする人を増やしたいわけではない。これは東京だろうが地方だろうが関係なく、そう思っている。「起業はリスク」とはあまり考えてないが、人には向き不向きがある。また、やりたい事を実現する手段として「起業」が適していない場合もある(大きな会社の一員だからできることは多い)。とは言え、進路の選択肢の中に「起業」というものが入るのは素晴らしい事だなと思っている。
 
東京では木下さんの啓蒙活動などもあって「起業」という選択肢の認知は広がったのではないかと思うが、地方ではまだそこまで「起業」の認知は低い気がする。認知を広げて「(起業という)生き方もあるんだな」と、まずは興味を持ってもらえたらいい。それくらいに考えているし、別に起業しなくてもいい。
 
SWに何回か審査員、コーチをさせてもらってるが、そこの参加者から新卒で道元坂のベンチャーに入った人や地元の大手企業から東京のスタートアップに転職した人もいる。SWやピッチイベントなどを開催することによって、スタートアップの存在を知り、新卒で入ったり、転職したりする人が増えればまずはOKかなと思う。
 
 

「ムラ」だから良いことはある

「ムラ」と揶揄されることもある東京スタートアップシーンではあるが、僕は「ムラ」が悪いことだとは思っていない。その一番の理由は、密なネットワークにより、悪いことがしにくいという点だ。例えば、悪どい条件で出資したような投資家の情報はすぐに知れ渡る。そうなるとその投資家は「ムラ」の中では活動できなくなる。「ムラ」という小さな、濃密なコミュニティだからこその相互監視的なシステムが自然と出来上がってるのは、起業家にとっては良いことかなと思う。
 
投資家としてはなるべく良い条件で出資したいものではあるが、ただそこにはフェアバリューのようなものがある。起業家の戦いに長期に渡ってご一緒するには、短期的な損得ではダメで、フェアにいかないといけないと思う。「ムラ」が形成されていき、昔よりもだいぶフェアな舞台になってきたように思う。一方で地方には「スタートアップムラ」が無いので、アンフェアな取引が散見される。
 
SWでとある地方に行ったとき、地元で会社を経営しているおじさんが参加していた(ちなみに、SWは初めて会う参加者同士がチームを作り、サービスを考え、最終日に発表するというイベント)。そのおじさんはサービスの相談はそこそこに「エンジェル投資って儲かるんですか?やってみたいんですよ」と質問してきた。たぶんそういうおじさんが各地にいる。東京にもいると思うが、「ムラ」の中には侵入しにくい構造になってる。地方にいるそういうおじさん(おばさんもいるかもしれない)を僕は正していきたいという気持ちが強い。
 
 

東京と地方の「情報格差」とは何か?

「地方だから」「コミュニティ(ムラ)にいないから」情報が無いと言う人は多いが、はたしてそうなのだろうか?といつも疑問に思う。サービスの流行や海外事例などは検索すればすぐに出てくる。そこに東京も地方も格差はない。では、前述のような事を言う人の共通点は何かというと、自分で積極的に情報を取りにいってない点である。「ムラ」の真ん中にいても、何もしなければ情報は入ってこないし、地方にいても貪欲に情報を取りにいってる人は何事も詳しい。みんなもっと情報を取りにいく努力をした方がいい。
 
人的ネットワークにおいて入ってくる情報に関しても、これも実は東京、地方で差はそんなに無いのかもなと思う。ゼロとは言わないが、コロナの状況になって物理出社も減ったし、オフラインイベントも減った。有名な起業家やVCの人とのオフラインでの接触機会地方格差は小さくなったと言える。
 
また、地方でのオフラインイベントに登壇などするには時間とコストがかかる。しかし、ほとんどのイベントがオンライン化され、「オンラインならば登壇できます」という有識者もいると思うので、実はチャンスかもしれない。オフラインならば会えないような大物の話を聞く事ができるかもしれない。実際に「オンラインならば」と有名起業家のセッションがfgnで実現されたらしい。
 
オフラインのメリットは確かにある。しかし、名刺交換などしなくても、SNSで繋がることはできる(名刺交換してもほとんど忘れてしまうものだ)し、メッセージや資料などをそえると、単なる名刺交換よりも相手に覚えてもらえるかもしれない。
 
そういうわけで、情報格差ってのは能動的アクションと柔軟な発想である程度埋められるのかなと思う。やっぱり地方における一番の「情報格差」は前述のような「おじさん情報」が少ないようなことなのかなと思っている。甘い話を聞いてもいったん地元のVCや僕たちのような人に相談することをオススメする。
 
 

(先日福岡のfgnで開催されたイベントに登壇中のてるま氏
 

地方の可能性に目を向ける

事業によっては東京よりも地方の方がニーズがあるものも多い(山梨でやってる某氏に今月会いに行く予定だ)。また仮説検証のしやすさという点で地方が適している場合もある。昨年投資させてもらった某社は、仮説検証においては東京じゃない方が良いのでは?ということで浜松でまずはやってみることを決断し、現在も当地で強力なパートナー企業とともに仮説検証を回している。地元の強力な企業とワンチャン提携できちゃうのも地方の良いとこかもしれない。

東京に拠点を置く私たちは、良くも悪くも「都心の事情のインサイダー」です。そこに入りすぎないからこそ見える課題とその解決方法、プロダクトセンスというのを期待しています。
【TLM 木暮】共感やアテンションが重要になる2021年のコンシューマサービス(DIAMOND SIGNAL)

てるまがSIGNALで語ってたこの箇所。これは僕もまさにそう感じるところ。地方に行くと毎回新たな視点をもらえる。現地の起業家もそこにいるからこそ見える課題の解決に取り組んでいて、僕たちからすればとても新鮮だ。東京ではないから戦える事業、領域ってあると思うし、じゃあその傾向があるのかな?と先日調べた。


調べてみると、大学発ベンチャーが多い。てるまが言うように「C向け」の可能性も高いと思うが、現状はまだ少ない。
 
 

地方でスタートアップが盛り上がるには?

地方でスタートアップが盛り上がるには、いくつかの条件があるのではないかと思っている。現状考えてる条件は以下の4つ。この4つが全てそろっていると盛り上がる。

「行政のやる気」「都市の規模」「若者の数」「ロールモデル」
 
例えば福岡がその良い例だ。最近よく行く福岡にはfgnという施設がある。
 

 
ここは行政と地元の企業(福岡地所)、ベンチャー(GMOペパボ、さくらインターネット)が運営委員会として運営してる施設。運営委員会(事務局)の官民連携、地元企業とベンチャーの連携のバランスが良いなと思ってる。高島市長のやる気が市の職員にも伝わっているのがわかる。地方でスタートアップが盛り上がるには、行政の理解度と柔軟性、参加度が思っている以上に重要なのかもなと最近思うようになった。行政が民間に委託するだけという図式ではなかなかうまくいかなそうな感覚を持った。行政の大いなるミッション(と市長などの強力なリーダーシップ)の元に地元企業、ベンチャーなどが協力し合って運営がなされるのが一つの解答なのかな。
 
浜松市も二度ほどSWで訪れたが、二度とも鈴木市長が審査員として参加していた。「俺はスタートアップイベントだけは全て参加するようにしてる」と市長もおっしゃってたくらいやる気がある。ちなみに鈴木市長はかつて東京で広告代理店を起業して長きに渡って経営してたそうで、SW審査員としての質問も鋭いものだった。また電動キックボードのLUUPの実証実験なども浜松で行われたが、これは市長のスタートアップに対する理解度の高さを物語るエピソードと言える。

行政のやる気:福岡も浜松も市長がやる気
都市の規模:福岡市は約154万人、浜松市も約80万人の人口を抱える
若者の数:福岡市は九州大学、浜松市は静岡大学などともに複数の大学が存在する

「ロールモデル」に関しては福岡ではペパボ創業者で現在はCAMPFIRE代表をつめる家入さんが挙げられる。ペパボの支社も福岡にあり、ペパボ中心に盛り上がったような印象はある。最近ではnulabの存在が大きい。浜松はYAMAHA、SUZUKIなどの大企業を生み出した街であり、元来起業家文化が存在する。浜松発のスタートアップ的ロールモデルはいないが、浜松出身の起業家は多い。彼らが今後浜松のスタートアップシーンを盛り上げていく可能性はある。
 
最後に鹿児島。トップの画像は甲突川から桜島をのぞむ風景。市電が走り、独特の雰囲気を持つ街。老舗デパート山形屋の建物はほんとすごくて圧倒される。そんな鹿児島にはmark MEIZANというスタートアップ施設がある。ここも福岡fgnと同じように官民が連携して運営している。SIGNALでも先日記事が上がっていた。

コロナ禍においてオンラインへの移行が加速した社会ではあるが、やはりこういった拠点は大事だ。鹿児島もポテンシャルはあると思う。なんといっても維新を成し遂げた街なんだから。
 
「行政のやる気」「都市の規模」「若者の数」「ロールモデル」。この4項目がそろえば、街全体として盛り上がっていくだろうし、その上で僕らも何らかの刺激を与えることができたらいいなと思う。要は「また呼んで欲しい」ということです。(完)
 
 

2021/04/07 

地方のスタートアップイベントに何度か参加したのでメモっとく

30年前の渋谷、代官山の様子を撮影した長編動画があったので軽く紹介記事を書いてみた


 
この撮影者さんの動画は以前から定期的に見ており、二度ほどFacebookに投稿した。というのも1991年の僕の地元の様子を撮影した動画あったので、主に地元の友人向けにシェアした。で、今日も撮影者さんの動画を眺めていたのだが、1991年の渋谷、代官山の長編動画があるのを見つけて。見てみるとめちゃくちゃ貴重で面白かったので、ざっと紹介記事を書いてみた。
 
新大宗、道玄坂に生息してる人には特に面白いかもしれん。では早速紹介していきます。
 
 

 
JR渋谷駅ハチ公改札。当時はまだ自動改札ではなく、駅員さんに切符を渡すスタイルです。今考えると、あの人数の乗降客の切符を目視でチェックするなんてありえないですね。
 
改札出たあたりの風景は今と大きく変わらないような気もします。109はありますが、Q-FRONTは当然ありません。今も昔も人がたくさん行き交うスクランブル交差点を渡って道玄坂方面に向かいます。
 

 
現在も営業中の天下寿司ののぼりを見ながら坂を登っていきます。
 

 
現在のロッテリアのとこから井の頭線の駅の方を見た図。構図自体は今と変わってないけど、両サイドのお店はほとんど入れ替わってるんだろうな。そして現在は正面線路の向こうにセルリアンタワー、右手の奥にマークシティが見えますが、当時はまだありません。そんな感じでさらに道玄坂を登ります。
 

 
出たー、出ました。新大宗3号館の脇の道です。雑然さは今と同じですが、むしろ30年前の方がきれいな感じします。奥の方を見ると抜けられそうな雰囲気もあります。今は線路とマークシティによって塞がれてしまってますが、もしかしたら向こう側に抜けられたのかもしれませんね。
 

 
新大宗の駐車場。現在喫煙所になってるバルコニー的な部分はなかったんですね。
 

 
で、これはどこかというと、新大宗の駐車場と道玄坂の間にあった民家なんです。道玄坂添い建ってました。わかりにくいので、現在のストリートビューを貼ってみます。
 

 
「広告募集」という看板のあるビルが新大宗1、2号館。その手前の「20分400円」と書かれた駐車場の看板のあたりにこの民家はありました。
 

 
道玄坂側から見るとこんな感じ。とても趣のある昭和レトロな建物です。僕が渋谷に行くようになったのはこの動画が撮られた時の数年後ですが、その頃にも民家自体はまだありました。ただお店は開いてなくて、シャッターが閉まっていたような記憶があります。
 
ここまで動画は約6分。57分の動画なので、このペースでいくととんでもなく長くなるので、ペースをあげていきます。このあと、百軒店を通り、円山町のホテル街を抜けて文化村方面に行きます。そして再び駅方面に向かい、センター街に突入していきます。センター街もいつの時代も混んでますね。そしてPARCOを抜けて公園通りに。ここまで約12分。
 

 
こんな感じで路上で謎のアクセサリーを売ってる外国人いたなー。ピースマークのネックレスやラピスラズリのペンダントとか笑 ミサンガ売ってる人もいたかもな。最近見ないな。
 

 
公園通りを進み、NHKの方にやってきました。なんかNHK周辺すごい工事してるんだけど、何建ててるのかな。SHIBUYA-AXじゃないし、なんだろ。ケヤキ並木に露天がたくさん出てた。今って露天出てないよな。ケヤキ並木の奥にある野外ステージあたりで開催されてたイベントを眺めつつ、宇田川町方面に戻っていきます。
 

 
2007年に閉店したCISCO(翌年倒産)などの在りし日の姿が…。2013年に閉店したチチカカ1号店の様子もあって懐かしい気持ちに。渋谷が隅々まで元気があったなぁと実感した。
 
東急ハンズ抜けてペンギン通りあたりの店を眺めたり(現在のAPEやColumbiaあたり)、おそらくスペイン坂あたりだと思われるエリアを歩いたりしながら、センター街を通って渋谷駅に。
 

 
現在は渋谷ソラスタとなっている隣あたりにある横浜銀行(今もある)の前で巨大携帯電話で話す女性の姿が。電話ボックスの隣で携帯で話すという超絶マウンティング。それにしても携帯電話めちゃくちゃデカイし、お姉さんキレイだな。
 

 
駅前の歩道橋(いまとあまり変わらない)を渡って246に出ました。現在セルリアンタワーがあるあたりから駅方面を見た図。駅の向こうに東急文化会館(現在はヒカリエ)の上にあったプラネタリウム屋根が見えます。その向こうには渋谷クロスタワー(当時の名称は東邦生命ビル)がそびえ立つ。東邦生命ビルは渋谷で初めて建った100m超のビル。セルリアンの場所には東急電鉄本社ビルがありました。
 
現在のセルリアン横の小道を抜けて(ちなみにインフォスタワーも大和田文化会館も当然ありません)桜ヶ丘郵便局あたり経由で代官山方面に。第一商業を横目に進むと今はなき伝説の「NTT猿楽町社宅」が。
 

 

 
猿楽町社宅は2009年に取り壊しが始まり、姿を消すこととなったが、その1万平方メートルを超す広大な跡地は、蔦屋書店(T-SITE)とウェリス代官山猿楽町に生まれ変わった。動画を見るとそこに「暮らし」があったんだなぁと実感する。
 

 
代官山の名店「HIGH! STANDARD」の今と変わらぬ姿を確認し、代官山を散策し、最後は鎗ヶ崎のキングホームズ代官山駐車場からの眺めで終わり。
 
 
 
30年前の渋谷、代官山の様子を確認することができる貴重な動画。撮影者の方には感謝したい。
 
 
1991 渋谷 土曜日の一日中散策散歩 代官山まで Shibuya Saturday Walkabout 910511(YouTube)
 
 

2021/02/14 

30年前の渋谷、代官山の様子を撮影した長編動画があったので軽く紹介記事を書いてみた

おじさんにオススメしたいYouTubeチャンネル

最近、仕事してる以外の時間の8割くらいはYouTube見てるんですけど、よく見てるチャンネルを唐突ですが紹介しようかと。「YouTubeとか見ないよ」という中年おじさんにオススメしたい。

 

丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー

https://www.youtube.com/channel/UCaxKWSwF_egyenDrW4h4y2A
アングラな話題をゲストを呼んで解説したりするチャンネル。クレイジージャーニー的動画が特に良い。


【撮影NGエリア!?】日本一のストリップ浅草ロック座に潜入して舞台に立ってみた
 

【命の危機!?】最も危険な場所で○○を持った現地民に襲われた話

 

おじとらチャンネル

https://www.youtube.com/channel/UC9x9tF22N8ghdZJdlb2H3hg
トラック運転手が各地のガッツリ飯を食べる動画。ドライブレコーダーの映像見てると旅してる気持ちになって良い。


【長距離トラック運転手】市場の横の小さなお店で帰り飯。熱々の盛りでご飯がすすむ君。
 

【長距離トラック運転手】大分へ行く!令和2年初さんふらわあは別府から。その前にひとっ風呂。

 

おかむら村長の昭和野球塾

https://www.youtube.com/channel/UCdLA7PyhrL48XvlGQQuRBbg
80年代〜00年代くらいの野球に関しての動画。「懐かしい」という選手ばかりで古くからの野球ファンは楽しめると思う。


【江川卓 村田兆治 小松辰雄】1981年日米野球でロイヤルズと対戦!昭和の速球トリオそのストレートはメジャーリーガーを抑えられるのか?

 

今日ヤバイ奴に会った

https://www.youtube.com/channel/UCQ3Kgx1G1NkELoJ8tJ3uelg
インドの飲食店のアグレッシブな料理風景を静かに撮影した動画。めちゃくちゃアバウトで雑なんだけど妙に美味しそう。たぶん食べたらお腹痛くなると思うけど…笑


インドの30人前チャーハンの作り方 / Fire Fried Rice

 

VAIENCE バイエンス

https://www.youtube.com/channel/UCPKsFwt9ACF-EnJM3xN8wyQ
「○○星に落ちたらどうなるのか?」などのサイエンス系チャンネル。宇宙の話はとても興味あるけど、スケールが大きすぎて何を言ってるか理解できない。でもなんか見てしまう。そしてバイエンススーツがすごすぎる。


【残酷】土星に落ちた者の末路……
 
 
 
この他にもローランドのチャンネルや元プロ野球選手のチャンネルなんかをよく見てます。あとゲーム動画も。
 
 

2021/01/17 

おじさんにオススメしたいYouTubeチャンネル

2020年振り返り〜「普通」は尊い〜

「忘れられない一年」として将来語られることになりそうな2020年ももうすぐ終わる。2020年の抱負を書いた時(1月7日)には想像もつかなかったような一年だったわけだが、年初に書いた抱負のチェックをしながら今年一年を振り返ってみようと思う。「読む、書く、話す、動く、生きる」という5つの項目でそれぞれ抱負(目標)を書いたのだが、まずは「読む」から。
 
 

読む


目標は年60冊。現在59.8冊くらい。今日の帰りの電車で60冊になると思うので一応達成ということで。

家で読書をする習慣が無く、電車通勤の間にしか本を読まない。緊急事態宣言が出される前の3月下旬から基本的リモートワークになったのだが、その影響で4月は読書量がガクンと落ちた。家でどういう時間にどうやって本を読んでいいかわからなくて。しかしリモートワークのリズムをつかんできた5月からは再び読めるようになった。順応。GWに本棚を買ったのも良かった。

今年読んだ本で一番良かったのは難しい質問だが、しいて言うならばBOOKOFFで買った『孫正義 起業の若き獅子』かもしれない。この本が面白かったので読書量が再び増えた気がする。そのほか読んだ本は良いとこも悪いとこもあるので、読書noteを見てもらいたい
 
 

書く

次に「書く」ですが、「調べるおはボチボチやります」「noteはもうちょっと反応あるような記事を書きたい」「UPSTORY、隠れたキーマンを復活するよ」というような抱負でした。

まずは『調べるお』ですが、2019年は9記事、そして2020年は10記事でした。11月に「今年残り5本書く」とツイートしたものの、2本だけしか書けず。まぁ2021年ものんびりと続けていきたいなとは思っています。noteは2019年に比べるとビューは増えたがスキは同等という結果。『街歩きnote』の更新ができなくてつまんなかったです。ちなみに一番ビューがあった記事は音楽noteの『才能が解放された1998年の音楽界』でした。ビューは多いがスキは少ない。もっと頑張ります…。

隠れたキーマン』は復活するにはしたのですが、コロナ禍の中で取材がままならず本数は全然でした。もっとたくさん取材したかったんだけど。でも今仕掛かってる記事もあるし、年明け取材予定もあるので、これは引き続き更新されていくと思います。一方で『UPSTORY』ですが、インタビューメディアにしようと思っていたのですが、隠れたキーマン同様、取材ができず…。春に速報系のテストをしてみたりしましたが、なかなか難しく。本格再始動は2021年に持ち越しです。
 
 

話す

リモートワークになってしまって人とカジュアルに話す機会は減ってしまった。「小部屋」にいれば誰かがふらっとやってきて話すことができたが、オンライン小部屋は難しい。


2021年も引き続き不安定な世の中だと思うし、リモート主体の生活も続くとは思うので、オンライン小部屋をどのように運営していけばワークするのかを模索していきたい。

あと「モデレーターやっていきたい」とも書いていたが、こちらはイベントがいくつか中止、延期になってしまったので、やる機会が無かった。しかしオンラインイベントこそ、モデレーターが重要な気もするのでこちらも模索していきたい。
 
 

動く

これは今年一番難しい項目だったかもしれない。騒動前の1月にいつものヤナティ合宿をし、3月の騒動直前に親戚の結婚式で茨城に行ってから数ヶ月はとにかく移動しなかった。そもそも渋谷のオフィスにも4〜10月はほとんど行かなかった。11月にStartup Weekendで浜松に、12月にさくらインターネット油井さんに誘われて福岡、鹿児島でメンタリングに行けたのはほんとラッキーだった。2021年も同じような傾向だとは思うけど、騒動がおさまって、また旅に行けるといいなぁ…。


(初鹿児島で初桜島。ほんとに噴煙あげてるんだなぁ、すごい)


(圧倒的ランドマーク)


(島津のお屋敷「仙巌園」良かった)
 
 

生きる

「ちゃんと自分の人生を生きたい」と語った年初ではあるが、周囲に惑わされず、自分の人生を生きるのはなかなか難しい。おそらくHSPなので世の中の様々なできごとにダメージを受けてしまうし、仕事や実家などの問題にも心を乱されてしまう。もっと平常心で自分の人生を生きたいとずっと思ってるが、いつかできるようになるといいな…。とりあえず生き抜いていきたい。
 
 
 

「普通」は尊い

チェックはこんなとこだが、今年は3年ぶりにバセドウ病が再発してしまったのも大きな出来事だった。1月中旬くらいから膝がガクガクいいだして、1月下旬には動悸で少し歩くだけでゼエゼエ言うし、横になっても心臓がドキドキして眠れない。もしかして再発?と2月に入って人間ドックと甲状腺の病院に行った結果、再発確定。人間ドックでは「左心房負担」という見たこともない文字列が。たしかに心臓に負担かかってた自覚はある。


(2017年9月が最初の発症の時で2020年2月が今回)

ホルモン系の数値もこれまで以上に高くて、医者にも「今回投薬でダメだったら手術」と言われる始末。幸い数値は平常くらいまで落ち着いてきたけど、まだ薬は飲んでる。夏頃には「年内で投薬終わるかな」と言う話だったけど。2019年はフルマラソンを2回走ったが、さすがにもう難しいかもしれないので、2021年はゆるやかに運動していきたい。医者にも「痩せろ」と言われた…。

コロナによって「普通」が壊れてしまったけど、体調も含めて「普通」がどれだけ尊いことかをすごく実感した一年だったなと思う。
 

最後に

2021年の抱負は年明けたら書くけど、ここ数年の野望である「東海道、徒歩でどこまでいけるか」をやっていきたい。2017年に地元から保土ヶ谷まで20kmくらいはやったが、箱根越えしたい。箱根8里の半次郎。箱根を越えて浜松くらいまで行きたいものだ。
 
 

2020/12/28 

2020年振り返り〜「普通」は尊い〜

今から28年前、僕は初めて『Tokyo Walker』を買った。

 
 
今から28年前、僕は初めて『Tokyo Walker』を買った。たぶん今頃の季節だったと思う。何の特集だったか忘れたけど、たぶんおしゃれなデートスポット満載だったと思う。
 
 
 
高校に入学したばかりの僕は、相変わらず覇気のない毎日を送っていた。「中学は楽しかったなぁ」なんて思いながら、帰りの電車では一番後ろの車両から一番前の車両までウロウロして、中学の同級生がいないか探したりしていた。
 
とりあえず部活には入ったが、真面目に励むわけでもなく、なんとなく参加していたが、部活で一緒だった同級生とは仲良くなった。
 
その中に石井という奴がいたのだが、そいつには彼女がいた。奴と同じクラスの女子。高校入っていきなり彼女を作るなんて…。石井がおもむろにカバンから出して雑誌を読み始めた。「Tokyo Walkerでどこにデート行くか探す」なんて言いながら。
 
それまで一番背伸びして買った雑誌と言えば『CDでーた』レベルの僕には『Tokyo Walker』という謎の雑誌を読む石井がとてもオトナに見えた。僕はその帰り、本屋で『Tokyo Walker』を買った。これさえ読めばオトナになれる。そんな気がした。
 
家に帰り、いそいそと『Tokyo Walker』を開いた。今思うとなんてことない内容なのだが、その時は妙に興奮して読んだ記憶がある。こんなオトナの雑誌、家の誰かに見られたら恥ずかしい…そう思って、机の鍵付きの引き出しに入れて保管した。
 
それからというもの、僕は毎週『Tokyo Walker』を買った。当時『Tokyo Walker』は週刊だったのだ。ウォーターフロント(死語)のおしゃれなレストランや、新しく開業されたアウトレットなど、最新のスポットが紹介されていた。主にデートの参考になるような場所だ。
 
結局『Tokyo Walker』に書いてあるようなスポットに出かけることは無く高校生活を送るのだが、それでも毎週買った。その頃は主にテレビ番組をチェックするためだけに買っていたような感じだ。
 
いつしか『Tokyo Walker』を買わなくなった。一時期は東京だけでなく各都市の「Walker」も刊行されていたようだが、時代の流れか、週刊が月刊になり、そして…
 


 
 
青春を共にした多くの雑誌が廃刊、休刊になる。これは時代の中でしょうがないことだ。寂しいけれどしょうがない。石井は元気かな。
 
 


(小部屋にも行けなくてさみしい)
 
 

2020/05/12 

今から28年前、僕は初めて『Tokyo Walker』を買った。