おじさんにオススメしたいYouTubeチャンネル

最近、仕事してる以外の時間の8割くらいはYouTube見てるんですけど、よく見てるチャンネルを唐突ですが紹介しようかと。「YouTubeとか見ないよ」という中年おじさんにオススメしたい。

 

丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー

https://www.youtube.com/channel/UCaxKWSwF_egyenDrW4h4y2A
アングラな話題をゲストを呼んで解説したりするチャンネル。クレイジージャーニー的動画が特に良い。


【撮影NGエリア!?】日本一のストリップ浅草ロック座に潜入して舞台に立ってみた
 

【命の危機!?】最も危険な場所で○○を持った現地民に襲われた話

 

おじとらチャンネル

https://www.youtube.com/channel/UC9x9tF22N8ghdZJdlb2H3hg
トラック運転手が各地のガッツリ飯を食べる動画。ドライブレコーダーの映像見てると旅してる気持ちになって良い。


【長距離トラック運転手】市場の横の小さなお店で帰り飯。熱々の盛りでご飯がすすむ君。
 

【長距離トラック運転手】大分へ行く!令和2年初さんふらわあは別府から。その前にひとっ風呂。

 

おかむら村長の昭和野球塾

https://www.youtube.com/channel/UCdLA7PyhrL48XvlGQQuRBbg
80年代〜00年代くらいの野球に関しての動画。「懐かしい」という選手ばかりで古くからの野球ファンは楽しめると思う。


【江川卓 村田兆治 小松辰雄】1981年日米野球でロイヤルズと対戦!昭和の速球トリオそのストレートはメジャーリーガーを抑えられるのか?

 

今日ヤバイ奴に会った

https://www.youtube.com/channel/UCQ3Kgx1G1NkELoJ8tJ3uelg
インドの飲食店のアグレッシブな料理風景を静かに撮影した動画。めちゃくちゃアバウトで雑なんだけど妙に美味しそう。たぶん食べたらお腹痛くなると思うけど…笑


インドの30人前チャーハンの作り方 / Fire Fried Rice

 

VAIENCE バイエンス

https://www.youtube.com/channel/UCPKsFwt9ACF-EnJM3xN8wyQ
「○○星に落ちたらどうなるのか?」などのサイエンス系チャンネル。宇宙の話はとても興味あるけど、スケールが大きすぎて何を言ってるか理解できない。でもなんか見てしまう。そしてバイエンススーツがすごすぎる。


【残酷】土星に落ちた者の末路……
 
 
 
この他にもローランドのチャンネルや元プロ野球選手のチャンネルなんかをよく見てます。あとゲーム動画も。
 
 

2021/01/17 

おじさんにオススメしたいYouTubeチャンネル

2020年振り返り〜「普通」は尊い〜

「忘れられない一年」として将来語られることになりそうな2020年ももうすぐ終わる。2020年の抱負を書いた時(1月7日)には想像もつかなかったような一年だったわけだが、年初に書いた抱負のチェックをしながら今年一年を振り返ってみようと思う。「読む、書く、話す、動く、生きる」という5つの項目でそれぞれ抱負(目標)を書いたのだが、まずは「読む」から。
 
 

読む


目標は年60冊。現在59.8冊くらい。今日の帰りの電車で60冊になると思うので一応達成ということで。

家で読書をする習慣が無く、電車通勤の間にしか本を読まない。緊急事態宣言が出される前の3月下旬から基本的リモートワークになったのだが、その影響で4月は読書量がガクンと落ちた。家でどういう時間にどうやって本を読んでいいかわからなくて。しかしリモートワークのリズムをつかんできた5月からは再び読めるようになった。順応。GWに本棚を買ったのも良かった。

今年読んだ本で一番良かったのは難しい質問だが、しいて言うならばBOOKOFFで買った『孫正義 起業の若き獅子』かもしれない。この本が面白かったので読書量が再び増えた気がする。そのほか読んだ本は良いとこも悪いとこもあるので、読書noteを見てもらいたい
 
 

書く

次に「書く」ですが、「調べるおはボチボチやります」「noteはもうちょっと反応あるような記事を書きたい」「UPSTORY、隠れたキーマンを復活するよ」というような抱負でした。

まずは『調べるお』ですが、2019年は9記事、そして2020年は10記事でした。11月に「今年残り5本書く」とツイートしたものの、2本だけしか書けず。まぁ2021年ものんびりと続けていきたいなとは思っています。noteは2019年に比べるとビューは増えたがスキは同等という結果。『街歩きnote』の更新ができなくてつまんなかったです。ちなみに一番ビューがあった記事は音楽noteの『才能が解放された1998年の音楽界』でした。ビューは多いがスキは少ない。もっと頑張ります…。

隠れたキーマン』は復活するにはしたのですが、コロナ禍の中で取材がままならず本数は全然でした。もっとたくさん取材したかったんだけど。でも今仕掛かってる記事もあるし、年明け取材予定もあるので、これは引き続き更新されていくと思います。一方で『UPSTORY』ですが、インタビューメディアにしようと思っていたのですが、隠れたキーマン同様、取材ができず…。春に速報系のテストをしてみたりしましたが、なかなか難しく。本格再始動は2021年に持ち越しです。
 
 

話す

リモートワークになってしまって人とカジュアルに話す機会は減ってしまった。「小部屋」にいれば誰かがふらっとやってきて話すことができたが、オンライン小部屋は難しい。


2021年も引き続き不安定な世の中だと思うし、リモート主体の生活も続くとは思うので、オンライン小部屋をどのように運営していけばワークするのかを模索していきたい。

あと「モデレーターやっていきたい」とも書いていたが、こちらはイベントがいくつか中止、延期になってしまったので、やる機会が無かった。しかしオンラインイベントこそ、モデレーターが重要な気もするのでこちらも模索していきたい。
 
 

動く

これは今年一番難しい項目だったかもしれない。騒動前の1月にいつものヤナティ合宿をし、3月の騒動直前に親戚の結婚式で茨城に行ってから数ヶ月はとにかく移動しなかった。そもそも渋谷のオフィスにも4〜10月はほとんど行かなかった。11月にStartup Weekendで浜松に、12月にさくらインターネット油井さんに誘われて福岡、鹿児島でメンタリングに行けたのはほんとラッキーだった。2021年も同じような傾向だとは思うけど、騒動がおさまって、また旅に行けるといいなぁ…。


(初鹿児島で初桜島。ほんとに噴煙あげてるんだなぁ、すごい)


(圧倒的ランドマーク)


(島津のお屋敷「仙巌園」良かった)
 
 

生きる

「ちゃんと自分の人生を生きたい」と語った年初ではあるが、周囲に惑わされず、自分の人生を生きるのはなかなか難しい。おそらくHSPなので世の中の様々なできごとにダメージを受けてしまうし、仕事や実家などの問題にも心を乱されてしまう。もっと平常心で自分の人生を生きたいとずっと思ってるが、いつかできるようになるといいな…。とりあえず生き抜いていきたい。
 
 
 

「普通」は尊い

チェックはこんなとこだが、今年は3年ぶりにバセドウ病が再発してしまったのも大きな出来事だった。1月中旬くらいから膝がガクガクいいだして、1月下旬には動悸で少し歩くだけでゼエゼエ言うし、横になっても心臓がドキドキして眠れない。もしかして再発?と2月に入って人間ドックと甲状腺の病院に行った結果、再発確定。人間ドックでは「左心房負担」という見たこともない文字列が。たしかに心臓に負担かかってた自覚はある。


(2017年9月が最初の発症の時で2020年2月が今回)

ホルモン系の数値もこれまで以上に高くて、医者にも「今回投薬でダメだったら手術」と言われる始末。幸い数値は平常くらいまで落ち着いてきたけど、まだ薬は飲んでる。夏頃には「年内で投薬終わるかな」と言う話だったけど。2019年はフルマラソンを2回走ったが、さすがにもう難しいかもしれないので、2021年はゆるやかに運動していきたい。医者にも「痩せろ」と言われた…。

コロナによって「普通」が壊れてしまったけど、体調も含めて「普通」がどれだけ尊いことかをすごく実感した一年だったなと思う。
 

最後に

2021年の抱負は年明けたら書くけど、ここ数年の野望である「東海道、徒歩でどこまでいけるか」をやっていきたい。2017年に地元から保土ヶ谷まで20kmくらいはやったが、箱根越えしたい。箱根8里の半次郎。箱根を越えて浜松くらいまで行きたいものだ。
 
 

2020/12/28 

2020年振り返り〜「普通」は尊い〜

今から28年前、僕は初めて『Tokyo Walker』を買った。

 
 
今から28年前、僕は初めて『Tokyo Walker』を買った。たぶん今頃の季節だったと思う。何の特集だったか忘れたけど、たぶんおしゃれなデートスポット満載だったと思う。
 
 
 
高校に入学したばかりの僕は、相変わらず覇気のない毎日を送っていた。「中学は楽しかったなぁ」なんて思いながら、帰りの電車では一番後ろの車両から一番前の車両までウロウロして、中学の同級生がいないか探したりしていた。
 
とりあえず部活には入ったが、真面目に励むわけでもなく、なんとなく参加していたが、部活で一緒だった同級生とは仲良くなった。
 
その中に石井という奴がいたのだが、そいつには彼女がいた。奴と同じクラスの女子。高校入っていきなり彼女を作るなんて…。石井がおもむろにカバンから出して雑誌を読み始めた。「Tokyo Walkerでどこにデート行くか探す」なんて言いながら。
 
それまで一番背伸びして買った雑誌と言えば『CDでーた』レベルの僕には『Tokyo Walker』という謎の雑誌を読む石井がとてもオトナに見えた。僕はその帰り、本屋で『Tokyo Walker』を買った。これさえ読めばオトナになれる。そんな気がした。
 
家に帰り、いそいそと『Tokyo Walker』を開いた。今思うとなんてことない内容なのだが、その時は妙に興奮して読んだ記憶がある。こんなオトナの雑誌、家の誰かに見られたら恥ずかしい…そう思って、机の鍵付きの引き出しに入れて保管した。
 
それからというもの、僕は毎週『Tokyo Walker』を買った。当時『Tokyo Walker』は週刊だったのだ。ウォーターフロント(死語)のおしゃれなレストランや、新しく開業されたアウトレットなど、最新のスポットが紹介されていた。主にデートの参考になるような場所だ。
 
結局『Tokyo Walker』に書いてあるようなスポットに出かけることは無く高校生活を送るのだが、それでも毎週買った。その頃は主にテレビ番組をチェックするためだけに買っていたような感じだ。
 
いつしか『Tokyo Walker』を買わなくなった。一時期は東京だけでなく各都市の「Walker」も刊行されていたようだが、時代の流れか、週刊が月刊になり、そして…
 


 
 
青春を共にした多くの雑誌が廃刊、休刊になる。これは時代の中でしょうがないことだ。寂しいけれどしょうがない。石井は元気かな。
 
 


(小部屋にも行けなくてさみしい)
 
 

2020/05/12 

今から28年前、僕は初めて『Tokyo Walker』を買った。

読む、書く、話す、動く、生きる

2018年秋から読書をするようになった。自他ともに認める「読書しない人」ではあったが、2019年は一年を通して本を読んだ。まだ読書テクニック的には稚拙な部分があり、まだまだ改善できるなとは思ってる。

世界史が好きで、世界史関連の本も多数読んだが、いろいろ読んでいくうちに、自分の好きなポイントが理解できたのは2019年の収穫かもしれない。僕は中華北部や西部、ロシア南部などの遊牧民にとても興味惹かれるのだ。前から薄々は気づいていたが、やはりそうだ。2019年最後に読んだ本『五胡十六国』はまさにその辺を中心にした本だが、2020年はもう少し深掘っていきたいものだ。

このままいくと読書の話で終わってしまう。このエントリーは「年頭所感」「今年の目標」なのだ。

ちょうど一年前にも「2019年のリスト」というエントリーを書いた。2019年(および中長期的)のやることリストだ。そのリストを読み返してみると、あまり達成度が高くないことに気づいた。それに定性的すぎて達成度がわかりにくい。その辺の反省もふまえて2020年もリストを作成してみようかと思う。
 
 

読む

これまで苦手意識のあった翻訳本もわりとスムーズに読めるようになったので、翻訳本も読む量を増やしていこうかと思ってる。世界史は前述の通り、ジャンルを絞って、深掘って読んでいきたい。読んだら紙にまとめて復習し、覚えるようにしたい。受験勉強さながらの努力で。宗教関連も読み深めていきたいジャンルの一つ。ジャンル問わずたくさん読んで、目標は年間60冊。本(雑誌、マンガ以外)を購入したら、これまで通りBooklogに登録していきます。マンガは『アル』の本棚に収納してます。
 
 

書く

2019年は「調べるお」の更新がかなり滞った。なんとなく一つの役割を終えたような気もしている。いつも年初には「渋谷地図」の更新が恒例行事だったが、今年はやめてみる。渋谷の街も大きく変わったし、僕も変わりたい。モチベーションが上がってきたら更新します。辞めてはないです笑。

一方、noteはたくさん書いた。『普通のまちを歩いて記録するマガジン』『読書と雑記と』『昔聞いていた曲(90’s/渋谷系/etc)』など、50本近くも書いた。たくさん書いたが、たくさんの人に読まれたかというと微妙なので、さすがにもうちょっと反応が得られるようになりたい。

また、いくつかの試みを2020年は再開しようと思ってます。具体的に言うとBRIDGEで連載していた『隠れたキーマン』の復活と、前職から譲受した『UPSTORY』の再開。この二つは絶対にやります。

 

話す

人と話すのが本来はあまり好きではない。人と話した後は往往にして落ち込むのです。それに自分に興味のあること以外は興味持てないので、つまらない会合が多くなってしまいつらい。とはいえ、社会とは人と関わることだと思うので、最低限は会わないといけないので、頑張っていきたい。

でも人と会って、話すのはとても重要だと思ってる。投資先などとは去年以上にコミュニケーション取っていきたいし、応援してる人にはこれまで以上に応援したい。まだ知らない人とも会っていくのは刺激的だ。

bosyuも改めて立ち上げたので、ぜひ話しましょう。

また昨年はいくつかのイベントで登壇したり、モデレーターやらせてもらいましたが、今年はもっとやっていきたい。おそらく僕、モデレーター上手いです笑

 

動く

2017年に一人旅を初めてして以来、ちょいちょい一人で泊まりこみで出かけるようになった。単なる旅であったり、イベント参加だったりと理由は様々だが、今年はその回数を増やしたいと思ってる。カジュアルに移動できる心構えでいたい。

マラソンも今年も参加したい。去年は初マラソンと2回目のマラソンをしたが、一応完走したレベル。今年は「走りきり」たいし、タイムも大幅に縮めたい。目標は5時間切りだが、なるべく5時間に近づけるように努力していきたい。マラソンだけじゃなく、野球やサッカー、その他、もっと運動したいですね。

 

生きる

ちゃんと自分の人生を生きたい。そのためには他人の人生に心を持っていかれないようにしなければならない。自分の人生、自分の時間を大切に。2020年はその気持ちを強く持って生きていきたい。

どうせ生きるならば充実した人生をおくりたい。雑に毎日を過ごすのはやめよう。「丁寧な暮らし」とは言わないが、ちゃんとした暮らしをするように心がけたい。部屋ももっとカッコよくしたいし、音楽ももっと聞きたい。ゲームだって新しいのにチャレンジしたい。奥さんをもっと応援したい。

 
 
 
そんなわけで、2020年も頑張るので、みなさんよろしく。
 
 

2020/01/07 

読む、書く、話す、動く、生きる

【インドネシア訪問記 vol.2 】本番前の自由時間にホテル周辺を散策


 
前回の続き
眠れたような、眠れなかったような、よくわからないが朝はやってきた。窓の外を見るとジャカルタの街が飛び込んできた。夜にはわからなかったが、たくさんの高層ビルが立ち並んでいるんだな。大都会や。今日はこの旅のメインイベントであるEast Ventures10周年記念イベントが開催される。開催はお昼からだったので、ひとまずホテル周辺を毛利くんと散策してみることにした。
 

 
ホテルロビーに降りてみると、何やらド派手な花輪がいくつも飾ってあった。この後開催されるEVイベントのお祝いの花輪だ。日本だと胡蝶蘭やスタンド花とかが主流だけど、インドネシアはこういう感じなんだな。派手。
 
ホテルの敷地から出て、Googleで調べた近くのショッピングセンター的なところを目指して歩くことに。大きな道路沿いの歩道を歩いたのだが、道を歩く人はほとんどおらず、時折Gojekの緑のベストを着たおじさん達が歩道脇で休んでるくらい。歩道のボコボコ具合には少し驚いた。車道の方は、交通渋滞が酷いと聞いていたが、ホテル周辺は比較的空いているように感じた。
 

歩道橋から撮影してみた。
 

ショッピングセンターのテナントの謎の日本語。謎日本語はわりとあちこちで見かけた。

 


 
ショッピングセンターのコンビニで飲み物とお菓子などを購入。お茶は砂糖が入ってるものが多く、飲み物は基本的に甘い。右端の白っぽい飲み物が比較的好きだった。ナタデココが入ってる。MOGU MOGUっていう商品名。ここにも謎日本語が。(MOGU MOGUというインドネシア語があるかもしれんが)
 
お菓子は結構日本製も多くて、日本のお菓子はここでも人気なんだなぁと。飲み物も日本のやつもちらほらあった。でもコンビニを利用する人ってのは比較的富裕層なのかもな、と価格を見ながら思った。会計はキャッシュレスが進んでいて、前に並んでいた人たちはほとんどクレカ?で支払っていた。僕は羽田で大量に両替したので、現金で払ったら、レジの店員さんがお釣りを出すのに慌ててた。
 
 

メイソウもあった。感想としては、ユニクロでも無印でもダイソーでもない、しいて言うならセリアや3COINSに近いような。
 
 

2019/11/28 

【インドネシア訪問記 vol.2 】本番前の自由時間にホテル周辺を散策

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.8 ~上場、そして物語は第2章へ

 
ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.7 ~創業の地への凱旋 からの続き
 

上場に向けて

六本木グランドタワーに移転してからというもの、ますますBASEオフィスに行く機会は減った。セキュリティが万全のため、フラっと立ち寄れないのだ。無防備に近かった新大宗に比べたらG-SQUAREは強固であったが、グランドタワーに比べれば甘い。それに37階はフラっと行けるとこではない笑 とは言え、鶴岡さんとは取締役会の後にたまに家入さん交えてお茶したり、忘れた頃に突然「お茶しましょう!」と誘ってくれたりする。2018年からは本当に順調そうに見えた。あとは上場に向けて最後の調整をしていくだけ、という感じに映った。
 
 

https://binc.jp/ir
 
2019年春にこのグラフ(の原型)が取締役会で公開された。「素晴らしいね」と皆が口をそろえた。当初より少し遅れたが、上場承認は9月20日、上場日は10月25日に設定された。
 
 

上場

9月20日、無事上場承認され、翌月10月25日、晴れて東証マザーズに上場を果たした。当日は信じられないくらいの大雨の中、前日夜に裾上げが完了したスーツを着て、兜町に向かった。ちなみに緊張と興奮で完全に寝不足だった。
 
東証に着くと、見慣れないスーツ姿のみんながいた。神宮司もちゃんこも就活生っぽい。山村さんは先生っぽい。セレモニーの様子は僕もたくさん写真撮ったけど、BASEのオウンドメディアの方をご覧いただきたく。


 

(太河さんも間に合って良かった!)
 
 
 
歳は違うが誕生日が一緒の家入さんと鶴岡さんが小さな一歩を踏み出してから約7年。二人とも22歳で起業し、二人とも29歳で上場した。そんな「できすぎ」な物語の第1章はここで一旦終わる。しかし、第2章はすでに始まっているのだ。鶴岡さんは上場企業としてBASEをさらなる高みに押し上げていくだろうし、家入さんはCAMPFIREで上場を目指す。お互い上場企業の社長として肩を並べる。それが家入さんの夢だ。BASE上場の翌営業日、CAMPFIREは「累計流通額150億円達成」のプレスリリースを出した。家入さんの夢が叶うのも、そう遠くないのかもしれない。


 
(おわり)
 
 
合わせて読んでおこう




 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.8 ~上場、そして物語は第2章へ

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.7 ~創業の地への凱旋


[https://basebook.binc.jp/entry/2019/02/08/110117]
 
ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.6 ~歪みと混沌の闇 からの続き
 

創業の地

2018年は、PAYの子会社化のニュースから始まった。


春にはBASE初のテレビCMもスタート。メンバーが100人を越え、移転話が持ち上がった。いくつかの候補があったが、すんなり決まった。BASEのオフィス移転はすんなり決まることが多い。新オフィスは六本木一丁目の六本木グランドタワー。これまでとは桁違いのオフィスビルだ。
 
 
僕がBASEに携わるようになったのは「六本木ビル」からだが、BASE創業の地は、僕が「部室」と称した六本木ビル301号室ではなく「柳ビル」という六本木一丁目の古いビルだった。その柳ビルに当時EVシェアオフィスはあった。BASEが創業したのはその頃だ。BASEが法人化した半年後、柳ビルは再開発のために取り壊されることになり、EVシェアオフィスはawabar向かいの六本木ビルに移転した。それに伴いBASEも六本木ビルに移動した。そしてあてがわれたスペースが、僕が部室と称した「301号室」である。
 
六本木ビル、新大宗ビル、G-SQUAREと移転を繰り返している間、柳ビルは再開発され、新しい大きなオフィスビルが建った。それが「六本木グランドタワー」。2012年11月、柳ビルにあったEVシェアオフィスの片隅で鶴岡さんと数人のメンバーで始まったBASEは、2018年9月、100名を越える仲間と共に創業の地に新たに建ったキレイなビル「六本木グランドタワー」の37階、300坪のオフィスに舞い戻った。まさに凱旋だ。
 


 

生え抜きの成長と信頼


2018年7月、執行役員制度ができ、神宮司が執行役員に就任した。成長してるのは知ってたし、社内における存在感から執行役員就任に違和感は無かった。けどやっぱり嬉しい。朝出社しなくて、責任と「パン」を与えることで、改善するんじゃないかと試行錯誤した新大宗時代を思い浮かべると、嘘みたいだ。でも、鶴岡さんはずっと神宮司を信じてたし、実力を認めていた。BASE創業から4ヶ月後の鶴岡さんのツイート。


一貫して神宮司を尊敬し、信頼してる。神宮司もそれに応えた。美しいではないか…涙。そしてこちらは最近のツイートだが、


ほんとこの通りで、神宮司(gg)の圧倒的成長によってBASEは救われたし、ここから先のプロダクトも楽しみでしかない。
 
 


経営合宿の様子がツイートされて、何気なく写真を見たらちゃんこがいた。思わず涙ぐんだ。そしてMVP(四半期かな?)を獲得したこともツイートで知った。新卒の頃、Mag.編集長をやってた頃を思い浮かべると感無量過ぎる…涙


「めちゃ頼りなるんですよ。みんなからの信頼も厚いし、チームもすごくまとまってる。ちゃんこ大成長!」と嬉しそうに鶴岡さんが教えてくれたこともある。本当に嬉しい…涙


BASEファミリーの末っ子だったちゃんこも今や立派なお姉さんに成長して嬉しい。
 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.7 ~創業の地への凱旋

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.6 ~歪みと混沌の闇


ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.5 ~ちゃんこと神宮司 からの続き
 

「知ってる人」がすごく少なくなっていった2016年

2015年暮れ、メルカリとの資本提携の話が議題にあがった。両社はともに同じシェアオフィスで創業期を過ごした中。スタートアップ同士の資本提携は前例があまり無く、ワクワクしながら事の成り行きを見守った。2016年の仕事始め、資本提携が正式に発表された。飛躍を感じさせる新年の幕開けだったのだが…。
 
個人的には、2005年後半から2016年は「BASE Mag.」編集部として記事を書いたりもした。一時期は奥さんにも少し手伝ってもらったりもした。そんなわけで、月イチの取締役会以外にも、週イチのMag.定例や記事の入稿などでちょいちょいオフィスには顔は出していた。
 


 
この頃からちょっとずつ会社に異変が生じ始めていた。昔からいる「知ってる人」が会社を辞め始めたのだ。資金調達もしたし、それに伴いガンガン採用してた。春にはBASE採用イベントのモデレーターをやった。新しい人が増え、組織化にも取り組んでいった。だが、新しい人はどんどん入ってくるが、初期メンバーがどんどん辞め、新しく入った人もなかなか定着しない。当然社内ムードも停滞する。
渋谷移転からBASEに入り浸り、メンバーや社内風景をたくさん撮ってきたが、フォルダを見返すと、2016年夏くらいから極端にBASE関連の写真が減った。
 
事業は伸びていたし、10月にはSBIなどから15億円の大型資金調達も実施した。会社としては順調と言える状態にも関わらず、人の入れ替わりが激しく、どんよりした空気感があった。忘年会には毎年参加しているが、この年の忘年会の雰囲気はどこかぎこちなく、一部ギスギスもしていたのが印象深く記憶に残っている。
 
 

混沌の闇、そして光明


人はどんどん増えていて、G-SQUARE2階を新たに借り増した。累計ショップ開設数40万店舗を突破するなど事業的には勢いよく伸びていた7月。この頃が鶴岡さんの精神状態が一番キツかったのではないかと推測する。あくまで個人的な推測であるし、もちろんそういう姿は全然見せてなかったけど、そんな気がしている。2016〜2017年の苦悩はこちらの記事で紹介されているのでぜひ。


ピークがきたらあとは良くなっていくだけとも言える。実際直後に鶴岡さんと話した際に「(雰囲気は)劇的に良くなってきました」と言っていた。年末くらいまでは組織的に不安定な部分も見受けられたが、それでも確かに雰囲気は良くなっていったような気がする。週イチのMTGも無くなり、基本的には月イチの取締役でしかBASEに行く機会は無くなっていたので、正直組織のことはわからない。しかし、たまに会った時の雑談であったり、SNSの空気感から、だいぶ良い方向に進んでいるのは感じていた。
 
何がきっかけで良くなったのか?
鶴岡さんや役員陣からは改善施策を聞いてはいた。わりとオーソドックスなことが効いたりするんだなぁと思った(詳しくは書かないけど)。みんな悩んで、いろんな施策を打っていたが、それ以外にも雰囲気が良くなった理由はあるんじゃないか?ここからはまた僕の想像。
 
・若手の台頭が雰囲気を良くしていった
@chiiichell @_mrkzk_ @ka1kou @yoshiki0_ @AiYoneda 他にもたくさん若手がいるが、彼ら若手メンバーが活躍、台頭することによって、まるで「創業当時のガチャガチャ感」が再び生まれたような気がする。※この記事めちゃ良かった

山村さん、岸本さんなど、ミドルレイヤーが固まったのも大きい
重要なポジションであるミドル層が紆余曲折の上で固まったのも安定した組織構築には不可欠。そのポジションが紆余曲折を経て2017年後半から固まっていったのは大きな意味を持つのではないかと思う。

・生え抜きである神宮司、ちゃんこの大成長
前述の通り、創業以来、飛躍的に成長を続ける神宮司がプロダクトマネージャーとして組織内を縦横無尽に飛び回って活躍していた。また、『BASE Mag.』編集長としての挫折から立ち直ったちゃんこは、カスタマーサポートのリーダーとして活躍していた。やはりプロパーが実力を発揮し、活躍している組織は良い。
 
 
極限まで混沌を極めた組織がついに立ち直り、来年の飛躍を感じさせる2017年の忘年会だった。


 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.6 ~歪みと混沌の闇

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.5 ~ちゃんこと神宮司

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.4 ~賽は投げられた からの続き
 

ちゃんこ編集長

2015年4月、それまでインターンとして働いていたみはるんとちゃんこが新卒入社した。みはるんは器用なタイプでわりとそつなくこなす。ちゃんこはどちらかというと不器用で、でもBASE愛は強かった。
 
G-SQUAREに移転した頃、鶴岡さんがちゃんこに重要な任務を与えた。インターンから新卒入社後もカスタマーサポート業務を担っていたちゃんこだが、立ち上げたばかりのショッピングメディア『BASE Mag.』の編集長のポストに大抜擢されたのだ。この大抜擢に、ちゃんこも最初は張り切ってたけど、徐々に数値目標のプレッシャーが重くのしかかってきてるように見受けられた。


僕もその頃はめちゃめちゃBASEオフィスに通って、あの手この手でちゃんこの目標達成のために手を講じた(じゅんぽから「べるおさん、めっちゃコミットしてる〜」と言われたのも、この頃)。
 
その時の目標はわかりやすく「PV」だったんだけど、月末最終日は皆んなで『BASE Mag.』の記事をシェアしたり、ツイートしたりして、夜23時50分頃に目標達成した。その「PV」が意味があるのか?と問われたら、おそらく意味は薄いだろう。しかし「目標は達成するもの」という癖付けのためにも何とか達成させたかった。最初っから未達成だと「目標はいかなくてもしょうがない」という悪癖がついてしまいそうで怖かったから。
 
何とか目標達成した翌月、さらに上がった目標数値に完全にギブアップ気味のちゃんこ。3日目あたりで「もう今月達成無理です」と言い始めた。温厚で知られる僕ですが、MTGで少し言葉を荒らげてしまった(少しだよ)。そんな時でも鶴岡さんは「もうちょっと頑張ってみようよ、応援するから」と優しく言った。「この人はどこまで忍耐強いんだ…」と思った。結局しばらくしてちゃんこは編集長の任務を降り、再びカスタマーサポートの部門に戻っていった。笑顔がトレードマークのちゃんこだが、この頃は笑顔でいる時間が少なくなっていたように思える。『BASE Mag.』はみはるんと神宮司が引き継いだ。
 

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MTG始まるよー

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神宮司

少し時間の針を戻して、新大宗ビルにやってきた頃、2014年の初夏くらいの話。
 
鶴岡さん「神宮司は?」
内山さん「今日も役所立ち寄りで遅くなるらしいです」
鶴岡さん「そんなに役所行くことってある?笑」
 
そんな会話がなされていたくらい、神宮司はいつも午前中いなかった。「神宮司は社員契約なの?」と鶴岡さんに聞いたところ、「いや、あいつが”バイト契約がいい”って言うから社員じゃないですよ」と答えた。Wantedlyに掲載されている神宮司の言葉を引用してみる。

僕、その当時は全然会社に行ってなかったんですよね。夕方に来て22時くらいに帰る、みたいなことをしていました。当時は変に尖っていて、時給だから給料が減るのも自己責任だし、夜中に自分一人でコード書いてればプロダクトが作れるって思っちゃってたんですよね。

こんな感じなので僕の印象としても最初は正直「こいつダメなやつだなー」と思ってた笑
鶴岡さんの親心からか、何とかちゃんとした大人にさせてあげようと思ったのか、神宮司にとあるプロジェクトを任せ、朝イチで進捗MTGをすることになった。ただ、MTG設定しただけだと来なそうので、朝ごはん(内山さんが美味しそうなパンを買ってきた)を用意して神宮司を何とかMTGに来させようと鶴岡さんは工夫していた。「そこまでするかー笑」とびっくりしたが、鶴岡さんの努力が実ってか、神宮司は徐々に頭角をあらわしていった。
 
再び2015年夏に時間の針を戻す。『BASE Mag.』を引き継いだ神宮司だが、「朝イチのMTG」の頃と比べると、見違えるように成長していた。バイト契約から正社員になり、朝もちゃんと来るようになっていた。鶴岡さんの「神宮司やってよ」という振りに対して、全く文句も言わず、進んでその任務についていった。当時『BASE Mag.』も苦戦してて、言うなれば「火中の栗」みたいな状況。そういうタスクに対しても全力で立ち向かっていった。汚れ役やめんどくさそうなタスクも無茶振りも、鶴岡さんの「神宮司やって」と振られれば、立ち向かっていった。

 

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B社の若手

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(疲労困憊の神宮司とちゃんこ)
 
鶴岡さんと神宮司。二人はBASE創業前のシェアハウス時代からの仲間だ。二人の信頼関係はそんじょそこらのものとは違う。いつしか神宮司は「BASEに絶対欠かせない」存在になっていった。組織上の信頼関係もあるし、何より二人は「インターネットが大好き」という共通点があり、同じ目線でインターネットの楽しさを語れる唯一の存在なのかもしれない。
 
「こいつダメなやつだなー」と最初は思ってた僕ではあるが、ある日、太河さんから「最近BASEどうですかー」と言われた際に「神宮司が凄く良い。もし僕が起業したとして、BASEから一人引き抜いて良いってなったら迷わず神宮司を選ぶ」と答えるくらい、評価は急上昇していた。こんなに頑張れるやつだとは思わなかった。変化してから気づく僕のダメさ…。一方、神宮司の才能を信じて、開花を地道に待ち続けた鶴岡さんの凄さよ…。
 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.5 ~ちゃんこと神宮司

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.4 ~賽は投げられた


(2015年5月末の全体会議の様子。もう人がいっぱい)
 
ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.3 ~金髪監査役 からの続き
 

keketa

2014年暮れ。BASE会議室で鶴岡さん、太河さんと見知らぬ若者がMTGをしてた。誰だろう?と思ってたら、太河さんからその若者が「ケケタ」だと教えてくれた。恐ろしく無口なその若者「ケケタ」はPurecaという開発者向けのオンライン決済サービスを展開する起業家だった。ほどなくして、ケケタ氏とPurecaチームがBASEの一員となることを聞かされた。年が明けた2015年2月、Purecaを踏襲した決済サービス『PAY.JP』の発表を行った。
 
そのあたりの話や、鶴岡さんとケケタ氏の関係性などはこちらの記事をご覧いただきたいと思いますが、少しだけ抜粋。

自分としては独立したまま「提携」をしたかったのですが、鶴岡と話をしていく中で、BASE社としてはネットショップ開設サービスだけでなく、「決済」を軸とした経済インフラを作りたいという想いを持っていて、とても共感しました。
 
鶴岡からは裁量や権限を全て託してくれ、信頼もしてくれたので、一緒にやることにしました。BASEが持っている資産を有効活用しながら「決済」のサービスを伸ばすことができ、裁量をもってサービス・組織を運営できるといった点から、BASEへのジョインを決めました。

 
 

賽は突然投げられた

何とか株主総会も終わり、ひと段落した3月。クラウドワークスが新しいオフィスに移転したということで、鶴岡さんと一緒に訪問した。
 
吉田さん「鶴ちゃん、BASEは上場準備してるの?」
鶴岡さん「いやー、まだまだですかね」
吉田さん「流通は伸びてるんだろ?だったらもう準備した方がいいよ!」
鶴岡さん「そうなんですかね」
吉田さん「いやいやいや、準備始めよう!いま大和に電話するわ!」
 
と言って大和の偉い人にその場で電話を始めた吉田さん。クラウドワークスオフィスからの帰り道、鶴岡さんが「賽が投げられてしまった…」とつぶやいた。
 

(その時に撮った写真)
 
その後、正式に上場に向けての準備がスタートした。吉田さんは非常勤監査役として阿久津さんを紹介してくれたり、いろいろと協力をしてくれた。結果的に、これくらい思い切ってスタートしないと、なかなか一歩目を踏み出せなかったかもしれないな、と思った。
 
上場に向けて管理部構築も急務となった。まずは軸となるCFO探しに取り掛かったが、傍目から見る限り、わりとすんなりと決まった。元フリークアウト原田さんだ。フリークアウトの上場を経験し、管理部の構築、上場準備も経験ある方で、実績スキルともに申し分ない人材を獲得することができた。とある昼下がり、たまたまやってきた太河さんに、同じくたまたまやってきた入社前の原田さんを紹介すると「これで安心ですね!」と喜んでいた。金髪監査役はこのタイミングで退任し、新たに(初代)常勤監査役の方が入られた。
 
 

G-SQUARE

事業も順調に伸びていき、それにともない人員も飛躍的に増えていた。CFO探しをしている頃、新大宗3号館のBASEオフィスは例の監査役席もついに撤去された(もっともその頃は監査役を退任してたのだが)。
 
新しいオフィス探しが始まった。渋谷の空室率が急激に下がってきている頃で、オフィス探しも難航するかな?とも思っていたが、CFO探し同様、わりとあっさりと決まった。新大宗と道玄坂を挟んで向かい側のG-SQUARE。かつて「サイバーエージェントビル」という名前の時もあった築浅のキレイな物件だ。賃料がグンと上がるが、今後本格化していく決済事業をやる上で、セキュリティ面の強化などを考えるとベストな物件かもしれない。「ここに決めました!」という鶴岡さんの一声で物件探しはすぐに終わった。新大宗オフィス最終日はみんなでワイワイとお掃除、お片づけをした。
 

(「新大宗ビル」という看板が入るように写真を撮る神宮司と撮られるふじけんさん
 

(じゃれあうビックボと遠藤さん
 

(備品の片付けに忙しい金城さんと、ルービックキューブをしながらサボるみはるん
 

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BASE新オフィス

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オフィス移転の準備をしている頃、突然鶴岡さんからメッセが届いた。端的に言うと「BASEで働きませんか?」というものだった。夢に見たらしい。
 

 
正直迷ったけど、現状の業務や、新たに湧き上がった「古巣復帰問題」などもあり、この話は立ち消えになった。引き続きできる限りサポートしていくことを改めて誓った初夏だった。
 
 
 
【ピッチサイドから見たBASEの5年半】
Vol.1 家入さん達がまた何か始めた
vol.2 罫線も数字も無い棒グラフ
vol.3 金髪監査役
vol.4 賽は投げられた
vol.5 ちゃんこと神宮司
vol.6 歪みと混沌の闇
vol.7 創業の地への凱旋
vol.8 上場、そして物語は第2章へ

2019/11/07 

ピッチサイドから見たBASEの5年半 vol.4 ~賽は投げられた