2020年振り返り〜「普通」は尊い〜

「忘れられない一年」として将来語られることになりそうな2020年ももうすぐ終わる。2020年の抱負を書いた時(1月7日)には想像もつかなかったような一年だったわけだが、年初に書いた抱負のチェックをしながら今年一年を振り返ってみようと思う。「読む、書く、話す、動く、生きる」という5つの項目でそれぞれ抱負(目標)を書いたのだが、まずは「読む」から。
 
 

読む


目標は年60冊。現在59.8冊くらい。今日の帰りの電車で60冊になると思うので一応達成ということで。

家で読書をする習慣が無く、電車通勤の間にしか本を読まない。緊急事態宣言が出される前の3月下旬から基本的リモートワークになったのだが、その影響で4月は読書量がガクンと落ちた。家でどういう時間にどうやって本を読んでいいかわからなくて。しかしリモートワークのリズムをつかんできた5月からは再び読めるようになった。順応。GWに本棚を買ったのも良かった。

今年読んだ本で一番良かったのは難しい質問だが、しいて言うならばBOOKOFFで買った『孫正義 起業の若き獅子』かもしれない。この本が面白かったので読書量が再び増えた気がする。そのほか読んだ本は良いとこも悪いとこもあるので、読書noteを見てもらいたい
 
 

書く

次に「書く」ですが、「調べるおはボチボチやります」「noteはもうちょっと反応あるような記事を書きたい」「UPSTORY、隠れたキーマンを復活するよ」というような抱負でした。

まずは『調べるお』ですが、2019年は9記事、そして2020年は10記事でした。11月に「今年残り5本書く」とツイートしたものの、2本だけしか書けず。まぁ2021年ものんびりと続けていきたいなとは思っています。noteは2019年に比べるとビューは増えたがスキは同等という結果。『街歩きnote』の更新ができなくてつまんなかったです。ちなみに一番ビューがあった記事は音楽noteの『才能が解放された1998年の音楽界』でした。ビューは多いがスキは少ない。もっと頑張ります…。

隠れたキーマン』は復活するにはしたのですが、コロナ禍の中で取材がままならず本数は全然でした。もっとたくさん取材したかったんだけど。でも今仕掛かってる記事もあるし、年明け取材予定もあるので、これは引き続き更新されていくと思います。一方で『UPSTORY』ですが、インタビューメディアにしようと思っていたのですが、隠れたキーマン同様、取材ができず…。春に速報系のテストをしてみたりしましたが、なかなか難しく。本格再始動は2021年に持ち越しです。
 
 

話す

リモートワークになってしまって人とカジュアルに話す機会は減ってしまった。「小部屋」にいれば誰かがふらっとやってきて話すことができたが、オンライン小部屋は難しい。


2021年も引き続き不安定な世の中だと思うし、リモート主体の生活も続くとは思うので、オンライン小部屋をどのように運営していけばワークするのかを模索していきたい。

あと「モデレーターやっていきたい」とも書いていたが、こちらはイベントがいくつか中止、延期になってしまったので、やる機会が無かった。しかしオンラインイベントこそ、モデレーターが重要な気もするのでこちらも模索していきたい。
 
 

動く

これは今年一番難しい項目だったかもしれない。騒動前の1月にいつものヤナティ合宿をし、3月の騒動直前に親戚の結婚式で茨城に行ってから数ヶ月はとにかく移動しなかった。そもそも渋谷のオフィスにも4〜10月はほとんど行かなかった。11月にStartup Weekendで浜松に、12月にさくらインターネット油井さんに誘われて福岡、鹿児島でメンタリングに行けたのはほんとラッキーだった。2021年も同じような傾向だとは思うけど、騒動がおさまって、また旅に行けるといいなぁ…。


(初鹿児島で初桜島。ほんとに噴煙あげてるんだなぁ、すごい)


(圧倒的ランドマーク)


(島津のお屋敷「仙巌園」良かった)
 
 

生きる

「ちゃんと自分の人生を生きたい」と語った年初ではあるが、周囲に惑わされず、自分の人生を生きるのはなかなか難しい。おそらくHSPなので世の中の様々なできごとにダメージを受けてしまうし、仕事や実家などの問題にも心を乱されてしまう。もっと平常心で自分の人生を生きたいとずっと思ってるが、いつかできるようになるといいな…。とりあえず生き抜いていきたい。
 
 
 

「普通」は尊い

チェックはこんなとこだが、今年は3年ぶりにバセドウ病が再発してしまったのも大きな出来事だった。1月中旬くらいから膝がガクガクいいだして、1月下旬には動悸で少し歩くだけでゼエゼエ言うし、横になっても心臓がドキドキして眠れない。もしかして再発?と2月に入って人間ドックと甲状腺の病院に行った結果、再発確定。人間ドックでは「左心房負担」という見たこともない文字列が。たしかに心臓に負担かかってた自覚はある。


(2017年9月が最初の発症の時で2020年2月が今回)

ホルモン系の数値もこれまで以上に高くて、医者にも「今回投薬でダメだったら手術」と言われる始末。幸い数値は平常くらいまで落ち着いてきたけど、まだ薬は飲んでる。夏頃には「年内で投薬終わるかな」と言う話だったけど。2019年はフルマラソンを2回走ったが、さすがにもう難しいかもしれないので、2021年はゆるやかに運動していきたい。医者にも「痩せろ」と言われた…。

コロナによって「普通」が壊れてしまったけど、体調も含めて「普通」がどれだけ尊いことかをすごく実感した一年だったなと思う。
 

最後に

2021年の抱負は年明けたら書くけど、ここ数年の野望である「東海道、徒歩でどこまでいけるか」をやっていきたい。2017年に地元から保土ヶ谷まで20kmくらいはやったが、箱根越えしたい。箱根8里の半次郎。箱根を越えて浜松くらいまで行きたいものだ。
 
 

2020/12/28 

2020年振り返り〜「普通」は尊い〜

2017年を振り返ってみた

2017年も終わる。今年はどんな年だったのかを思い返してみると、なかなかタフな一年だったなと思う。だが、今年は一年を総括する心の余裕があるだけマシ。2015年末、2016年末は総括する心の余裕が無かった。
 

鰻と金目しゃぶ、そしてマック


お世話になっているヤナティさんの別荘に遊びに行った。いつものメンバーに加えてペンギンの方やシロクマの方も。特にペンギンの方はこれまでほとんど話したことなかったので、ゆっくり話せて良かった。金目しゃぶはめちゃくちゃ美味しかったし、鰻も美味しかった。
 
今年の前半は謎のマクドナルドブームで、毎日のようにマックを食べていた。人生でこんなにマックを食べたのは初めてである。代ゼミ時代に一時期食べてた時あるけど、それ以来だ。ちなみに「ヨヨギマック」という競走馬がいるのだが、この馬の馬主はジェイコム株で儲かった方である。夢の街でも一儲けした方だ。完全に余談。
 
そういえば、4月には地元から保土ヶ谷まで歩いたり、甲府に行ったりもしたな。めちゃ歩いた。痩せるかなって思ったけど、全然痩せなかったんだよなぁ笑。
 

4ヶ月半で体重14キロ減

GW前から「夜ご飯の糖質制限」を始めてみたのだが、どんどん痩せていき、1ヶ月で約10キロもの肉が消失した。その辺からペースを落として、2ヶ月過ぎたあたりでは12キロ減(開始時比)となった。この時点で体重は63キロとなったので、維持モードに移行することに。
 
ダイエット開始から4ヶ月が経った夏、突然お尻が痛くなった。激痛の中、病院に行くと想像通りのアレだった。アレ自体は薬で何とかなったのだが、当初はなかなかハードな痛みであった…。先生が「ついでだから大腸検査もしよう」というのでやることに。9月上旬、看護婦さんに見られながら「開発」された。そして見つかった大腸ポリープをその場で切除。結果的にこの「検査」は「手術」となった。
 
検査前の「準備」やら検査後の「後遺症」により、体重はさらに減った。一番減った時で61キロ。4ヶ月半前に比べて14キロ減である。さすがに見た目にもゲッソリしていた気がする。
 

人間ドックで見つかった異変

体重がどんどん減っている最中、僕は「糖質制限すごいなー」と呑気にしてたわけだが、周囲がザワつきだし、当初は秋の予定であった人間ドックに早めに行かされることに。それが6月。体重が減ったことで前回の人間ドック(4年前)に比べて劇的に改善している数値も多かったが、2つ気になる点が。
 
一つ目は触診において先生から「甲状腺が腫れているかもしれない」と言われたこと。もう一つは、毎年数値が悪い肝臓ではあるが、今までずっと悪い項目以外のある項目が急に悪化してたこと。調べてみたら、その項目は「甲状腺が悪い場合に数値が悪化する」と書いてあった。そこで改めて「甲状腺が悪そうだ」と自覚した。
 
というわけで、上述のお尻やら大腸やらが一段落した9月下旬に甲状腺の病院に行ってみた。結果は「バセドウ病」。聞いたことはあるが、実際どんな病気かよくわからない。だが、とりあえず「長く付き合わなくてはいけない病気」であることは何となくわかった。
 

毎日の投薬と定期的な通院が始まった

ホルモンが大量に分泌されることにより、心臓などの各種臓器、器官が常時アクティブな状態になってしまい、その結果、臓器等に多大な負担がかかり、場合によっては死に。ざっくりいうとバセドウ病とはそんな病気。常時アクティブな身体の状態のため、大量のカロリーを消費し、痩せる。この数ヶ月の急激な体重減は糖質制限のたまものではなかったようだ(少しは寄与したと思うけど)。
 
この過剰なホルモン分泌を抑えるために毎朝薬を飲み、定期的に通院をしている。幸いホルモン値は現在は正常値にまで戻っている。その結果、体重も劇的に戻ってしまっている…。あと4、5キロで完全に戻ってしまう…。
 

「死」を急激に意識するようになった

ホルモン値も異常だったんだけど、看護士をやってる妹によると「それよりも肝臓の数値がヤバすぎる」とのこと。48歳で死んだ母親は最終的に何の病気で死んだのかよくわからないんだけど、肝臓が悪かったのは事実としてあって、そして母親は肝臓が悪いが、お酒は飲まなかった。僕と同じなのだ。
 
僕が16歳の時に母親が死んだ。その時に「人ってわりとあっさり死ぬ。急がないとすぐに死ぬ」って実感した。「死」というのはわりと近くに存在する、と。それでも日常においてそんなことは忘れてしまう。だが、今回久しぶりに「死」を近くに感じて、めちゃくちゃ焦った。恐怖というより焦りを感じた。まだ何も残せてない。
 
とりあえずとして、新たなメディアを完成させ、いくつかのメディアの取材を受けたりした。これらは僕の「焦り」からくるものだ。このままだと何も残せてないし、すぐに忘れさられてしまう。そんな焦りからアクティブに活動をしたんだけど、身体がついてこなくて、また焦る。
 

とは言え、全体的には体調は回復傾向にある気がする

肝臓の数値はまだ悪く、また、副作用なのかよくわからないけど、身体が痛い。突然身体の一部が痛くなるのだ。例えるならば、足がつった時のような痛みが身体のいろんな箇所でおきる。寝てる時も歩いてる時も電車に乗ってる時も仕事している時も。その痛みが出ないようにする薬というのも新たに処方されたが、その薬は肝臓に負担を強いるようで、肝臓の数値は一向に良くならないという堂々巡り。肝臓の具合が悪いので顔に吹き出物が出てしまうのが最近の悩み。どうしたものか。
 
とは言え、夏よりかは回復を実感している。夏はめちゃ疲れていたんだけど、今はそこまで疲労感無いし、なんとかやっている。上手く付き合っていかないといけない病気なので、このリズムというか状態に慣れないといけないと思ってる。今年後半はそんなこんなでかなり作業ペースが落ちてしまったが、年も変わるので、心機一転張り切ってやっていきたい。
 
今年は「本厄」だったわけで、来年は「後厄」になる。でも本厄より後厄が悪いわけがないので、大丈夫だろう。
 

2018年はチャレンジしたい

2018年はいくつかやってみたいことがある。僕はメディアが好きだし、サービス運営も好きである。なのでその辺を少し真剣にやっていきたいと思ってる。2017年にいくつかの新メディアをこっそりと仕掛けた。これらをちゃんと運営し、成長させたいと思ってる。その結果、法人化できたらいいなと。スタートアップ的な事業ではないので、粛々とやりたい。
 
この取り組みは個人的なものであるが、今関わっているいくつかの組織にも良い影響を与えることができるんじゃないかと考えている。バッティングするようなものではないし、バッティングするようなことはしない。あとはあれですね。もうちょっとお金に執着していきたいなと思います笑。執着というか、興味というか。価値というか…。
 
と、なんだか病気日記になってしまった…。2017年の総括と2018年の抱負を書こうと思ったんだけど…。抱負はまたどこかでまとめよう。ていうか、このブログがどういう方向性になってなっていくのか不安だ…笑
 

注力するメディアは絞っていく


 
お尻が痛くなる前に仕込み始めたブログメディア。とてもニッチな分野ではあるが、同種のメディアをやってるスタートアップが先日大きな資金調達をしてたので、やりようによっては…という感じか。途中で飽きてきたんだけど、パシさんバカさん徳さんあたりにチラっとこのメディアを見せたら、わりと好評だったので再びやる気が出てきた笑
 
ここ2ヶ月くらいはほとんど更新してなくてヤバいのだが、年明けたらまた地道に更新していく予定。母数が少ないのでまだ何とも言えないが、(更新さえすれば)ジリジリとトラフィックは上がっていきそうな手応えはある。いくつかのワードでは上位に来始めたので頑張ろう。
 
すぐに新しいメディアを立ち上げちゃいがちなのですが、結局放置になっちゃうので、2018年は選択と集中を心がけていきます。あとSEOメディアだけでなく、広告で回していく手法にもチャレンジしたいなと思ってます。実は広告ぶん回し系はやったことないので、少額でテストしながらやっていきたい。一体何屋さんなんだ、僕は笑
 
 

2017/12/31 

2017年を振り返ってみた