46


 
先週、三島で開催されたStartup Weekendにジャッジとして参加したのですが、とあるチームが最終ピッチ中にジャッジに対して「あなたの20年後はどうしていますか?」といったような質問を投げかけてきた。ジャッジ3人のうち最初に答えた二人はちゃんとした方なのでちゃんとした回答をしていて、3番目の僕としてはボケた方がいいのかな?と「20年後…生きているといいなぁと思います」と答えた。会場ややウケという微妙なボケ。
 
ただ、この回答、半分はボケだが、半分はマジである。やはり48歳で亡くなった母親の幻影がずっと残っているので、心のどこかで「48歳が一つの山場」と考えている。なので20年後に生きてるかどうか、正直わからないなぁというのが正直なところであり、16歳の頃から漠然と思っていることなのだ。
 
そんなこんなで本日46歳の誕生日を迎えたわけだが、山場があと2年に迫ってきた。僕は本当に48歳の山場を越えることができるのか。5年前にバセドウ病を発症し、一旦回復するも2年前に再発。その時は「やばい、山場越えられないかも」という気持ちにもなったりしたが、なんとか今もやっている。こんな感じでのらりくらり長生きしてしまうかもしれない。
 
のらりくらり生きてるのも良いんだけど、せっかくなので何らかの意義を残していきたい。この先、自分は何をすべきなのか?というのは定期的に、ぼんやりと考えたりしてるが、前述の三島である参加者(コーチ)から「べるおさんが今解いている”問い”はなんですか?」と質問されてハッとした。ぼんやりとは考えているので、一応は答えたが、もっと解像度高くしていかないといけないなと思った。
 
あれから1週間、自分なりにその「問い」を考えている。来年の誕生日、そして山場を迎える48歳の誕生日に「問いの答え」は見つかっているだろうか。48歳を一つのマイルストーンとして考えていきたい。あと2年。
 
 

2022/04/23 

46

45


 
「生まれた日は天気だった。お兄ちゃんの誕生日はいつも晴れている」
 
子供の頃に母親からそう聞かされていたが、さっき調べたら、僕が生まれた1976年は曇り。雨も3mm降っていたようだ。確かにそのあと8年連続でこの日は晴れている。しかし、生まれた日は快晴ではないっぽい。そもそも僕は雨男なので、快晴に生まれたってのはしっくりこない。小雨が降っていた日に生まれた方が合っている。
 
小雨が降った1976年4月23日に生まれた僕が、先日45歳の誕生日を迎えた。雲ひとつない全くの快晴。これまでの「雨男」を返上するかもしれないと思わせるような快晴。富士山も綺麗に見えた。
 
投資先のワカツキ君の陣中見舞いに、前日から甲府に来ていた。誕生日当日も昼過ぎまでワカツキ君たちとMTGしたりして、その後、帰京した。山梨は父親の故郷(北杜市)ということもあり、なんとなく親近感のある場所。北杜市はともかく、甲府くらいならサクっといつでもいけるな、と思った。宿泊する必要はないのかも。
 
 
VCに転職して丸7年も経ってしまった。毎日実力不足を痛感して辛い気持ちにもなる。実力不足を補うべく、日々アップデートをしてはいるんだけど、それでも追いつかない。ノーバリューの日々を重ねて悩んでいたが、最近は少しだけその悩みは解消してきたような気がする。
 
実力がついてきたとかそういうわけではないのだが、みんなと同じ軸で張り合うのではなく、僕ならではの価値にフォーカスして、そこを考えぬくようにしたことにより、雲の中から光が見えてきたように感じる。気のせいかもしれないけど、誕生日の日の甲府の朝の空のようになるんじゃないかなと自分自身に期待してる。
 
何にしてもまずは体が資本。健康じゃなければ始まらない。去年は病気再発したけど、普通の状態に戻して頑張っていきたい。まずは痩せたい!!!
 
 

2021/04/25 

45